春廼舎朧はるのやおぼろ)” の例文
今でこそ謹厳方直な道学先生となって門下に煙がられている坪内つぼうち博士も、春廼舎朧はるのやおぼろ時代にはやはりこの気分が濃厚であったのは雅号でも推量おしはかられよう。
坪内さんが春廼舎朧はるのやおぼろといっていた時分に、ナニノヤナニという名前の人が四、五人出来た中の一人であった。この人をどうして六人の中に入れたか、私には判らない。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この新例を創めたのは二十二年の春であって、美妙の新作は春廼舎朧はるのやおぼろの短篇と相並んで第一回の選に入った。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
坪内逍遥の処女作『書生気質しょせいかたぎ』が発行されて文学士春廼舎朧はるのやおぼろの名がにわかに隆々として高くなったのは。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
かかる折から卒然崛起くっきして新文学の大旆たいはいを建てたは文学士春廼舎朧はるのやおぼろであった。