近く、三月三日を期して、水戸の志士が桜田門外の井伊大老を要撃することは、文次にはわかっているが、彼はもう、幕府の密偵ではなかった。
が、もう今ごろは、ウラジオ中の同志のあいだに、君が密偵臭いという評判が往き渡っていることだろう。
「おい、結果を早く聞こう。あれは、どうした。そのすじの密偵を片づけることは?」
あいつも密偵だったんのだ。道理で、何だか変だと思っていたよ。第一、今日なんか、ウラジオへ着いたらすぐ、先生のところへ顔出しすべきじゃないか。それが——。