十津川とつかわ)” の例文
大和十津川とつかわは維新の際まで皇室の御料地で、南朝以来の由緒あるによって、今でも全村の農民ことごとく士族である。
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
れいの臥床号飢の訣別詩をして十津川とつかわ郷士の一隊を連れ大阪湾のプチャーチン乗艦に当ろうとした頃(安政元年)は、もう押しも押されもせぬ一派の首領だった。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
つづいて翌四十年七月の第二回(新富座)には「阿新丸くまわかまる」二幕を書いた。同年十月の第三回(東京座)には「十津川とつかわ戦記」三幕を書いた。同時に紫紅君の「甕破柴田かめわりしばた」一幕を上場した。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
読者のうちには多分ご承知の方もあろうが、昔からあの地方、十津川とつかわ、北山、川上のしょうあたりでは、今も土民によって「南朝様」あるいは「自天王様」と呼ばれている南帝の後裔こうえいに関する伝説がある。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この地方の今一つの方言には、熊野から大和の十津川とつかわまで掛けて、ゴンパチというのがあって系統が不明である。
大和の十津川とつかわなどでは宅地には一々名前があって、杉の本・竹の内・東垣内かいと・中垣内というように、所在または特徴をもってその地名としているのである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)