竜之助一人を泊めて狭しとするでもなかろうに、他目もふらず、とうとう坂の下の宿を通り越してしまいました。
交通巡査が交通巡査に——看護婦が看護婦に——百姓が百姓に——職工が職工に——すべての職業人が天職に向つて他目も觸らないでゐる働きぶりを見かけると、偉い、と眞底から思ふ。
いちずに目的に向って他目も振らないのが物足りないだけ、それだけ頼もしいと思っていたのに——
歯を食いしばったままで、サッサと人混みを通り抜けて、他目もふらずに両国橋を渡って行く挙動は、おかしいというよりは、確かにものすさまじい挙動でありました。
人間と交渉を断って、科学と建造に他目もふらぬ今の生涯には、過去は知らないが、少なくとも今の生涯には、自分として多くの満足を見出せばとて、悔いを残してはいないはずだ。