“よしゆき”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
義髄37.5%
義如25.0%
慶順12.5%
由之12.5%
能之12.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
小野村の倉沢義髄(よしゆき)を初めて平田鉄胤の講筵(こうえん)に導いて、北伊那に国学の種をまく機縁をつくったほどの古株だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
国もとから出府して来た、柴田外記(げき)と古内志摩(義如(よしゆき))、そして片倉小十郎である。
細川家の当主は慶順(よしゆき)であっただろう。勝久が部屋へ下(さが)っていると、そこへ津軽侯が来て、「渋江の女(むすめ)の陸(くが)がいるということだから逢いに来たよ」といった。連(つれ)の女らは皆驚いた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
後世になつて、近衛天皇は、右大臣藤原能之(よしゆき)の娘をめとつて、皇后にした。近衛が死んだのち、彼女は近衛河原に住んでいた。そこで近衛河原太后とよばれていた。