“たじひ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
多治比66.7%
多遅比16.7%
丹治比16.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
天皇は御年百二十四歳、己巳(つちのとみ)の年の八月九日にお隱れになりました。御陵は河内の多治比(たじひ)の高鸇(たかわし)にあります。
「ああ、こんな多遅比(たじひ)の野の中に寝(ね)るのだとわかっていたら、夜風(よかぜ)を防ぐたてごもなりと持って来ようものを」
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
河内(かわち)の多遅比(たじひ)の柴垣宮(しばがきのみや)で、政(まつりごと)をおとりになり、おん年六十でおかくれになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
また続日本紀大宝二年正月条には、正六位上丹比間人宿禰(たじひのはしひとのすくね)に従五位下を授くとあって、別に火明命の後裔と称する丹治比(たじひ)姓のもので、間人姓を称えたものであったと見える。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)