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せんろく
一行は戸主成善十二歳、母
五百五十三歳、
陸二十二歳、
水木十六歳、
専六十五歳、矢島
優善三十四歳の六人と若党
二人とである。
二月十四日に五男
専六が生れた。後に
脩と
名告った人である。三月十日に長子恒善が病んで歿した。
抽斎の歿した跡には、四十三歳の
未亡人五百を始として、岡西氏の
出次男矢島
優善二十四歳、四女
陸十二歳、六女
水木六歳、五男
専六五歳、六男
翠暫四歳、七男
成善二歳の四子二女が残った。
残る一人は大阪屈指の廻船問屋、
播磨屋の当主
千六であった。