頤髯あごひげ)” の例文
羽織袴はおりはかまといういでたちながら、口髭と丸く刈りこんだ頤髯あごひげを頤の下に蓄え、頭はきちんとポマードで固めて、茶色の眼鏡をかけている。
ボリーはロマンティックな頤髯あごひげをはやしていた、ジャン・マルタンはなおズボンつりをかけていた、ルクーフェは母と言い争った。
なんぼ山鳥やまどりのおろのかゞみで、頤髯あごひげでたところで、えだで、のこぎり使つかひ/\、さるあしならんだしりを、したからせてはつこちねえ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
連日の汗を旅館の温泉に流して、夕暮れの瀬川の音を座敷から聴いて、延びた頤髯あごひげをこすりながら、私はホッとした気持になって言った。
父の葬式 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
と、部屋の中央に、弓の折れをむちのようにひっさげた、五十あまりのたくましい、頤髯あごひげを生やした巨大な男が、両足をふんばり立っていたが
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、長い頤髯あごひげをしごきながら、この老僧はじーっとなにか、ふかい物思いにしずんでいられました。やがて目をあけられると
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼は八十歳を過ぎてるのに、髪の毛もそろっており、まだ灰色の毛の交った白い頭髪はふさふさとして、濃い頤髯あごひげには真黒な毛筋も見えていた。
白い髪の毛は顳顬こめかみのあたりに少々残っているだけで、頤髯あごひげはまばらでくさびがたをしている。その笑みを浮かべた唇は、二本の紐かなんぞのように細い。
何と、かの爺どもの胡麻塩の蓬々ぼうぼうと乱れて深い渦巻きをした髪の毛、くぼんだ黒い両眼に蔽いさがった眉毛、口髭、毛むくじゃらの胸まで長々と垂れた頤髯あごひげだろう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
赤い大理石のやうな頬と白い頤髯あごひげとの間に温かい高雅な微笑を湛へて僕等と握手をした。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それなのに老人は、汚れた縞のあわせから、垢染みたシャツの袖をのぞかせて、寒さにふるえていた。そしてその老人は、お伽噺おとぎばなしの中にでも出て来る老人のように、長い白い頤髯あごひげを持っていた。
再度生老人 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
キャラコさんは、じぶんのいったことが聞えなかったのだろうとおもって、いちばんうしろからゆく、せた、細面ほそおもての、どこかキリストに似たおもざしの頤髯あごひげの男に、もう一度たずねてみる。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こっちは、頤髯あごひげがある——向う側のビルディングの窓硝子まどガラスが照空灯の反射で、ピカリとひらめいたので、その頤髯あごひげが見えた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
怜悧れいりで不愉快な様子、渋めた顔つき、黒い毛、アッシリアの王様みたいな長い角張った頤髯あごひげをもっていた。
すると檻の横につくり物としては、真に迫っている大鉞おおまさかりをつき、ノッソリと立っていた頤髯あごひげのある男が
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
敷居の外へ半分ばかり出した膝を揃えていたまま、呆気あっけに取られたが、上目づかいで鴨川のおもてうかがうと、かれは目をねむって俯向きながら、頤髯あごひげのむしゃとある中へ苦笑を包んで
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある日、ルノアール市場いちばの一軒の酒屋の門口で、濃い頤髯あごひげのあるイタリー音調のひとりの男が、車除石の上に上って、神通力を発散してるかと思われるような不思議な文を声高に読み立てていた。
言いながら再度生老人は、白い煙のような頤髯あごひげを撫でた。
再度生老人 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「やあ、警部どの」と頤髯あごひげえた警官が青ざめた顔を近づけました。「やっと下火したびになりました。その代り、小田原の町は御覧のとおり滅茶滅茶めちゃめちゃです」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
背の高い好男子で、清らかな眼、どちらも金かっ色の口ひげと小頤髯あごひげ、あけっ放しの快活な様子をしていた。ある日書留郵便をもってオリヴィエの室にはいって来た。
べとりと頤髯あごひげ一面なその柔和な口を結んで、足をやや爪立つまだったと思うと、両の肩で、吃驚おどろきの腹をんで、けたたましく飛び退いて、下なる網につまずいて倒れぬばかり、きょとんとして
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頤髯あごひげ猪首いくび、長身、肥大、郡兵衛はそういう風采であり、年は四十二、三であった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あいつが俺に気づかなかったのは、もっけの仕合わせというものだ。向こうでも気がついたらもうきやしねえ。危うく取りもらす所だった。このひげのおかげで助かったんだ。このおかしな頤髯あごひげでな、このかわいいちょっとおもしろい頤髯でな。」
もし赤い血にまみれ一本一本ピンと立った頤髯あごひげの根もとに、ひとつかみほどの白毛しらがを発見しなかったら、これを博士と認知するのが相当困難であったろう。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
エーレンフェルトは、小柄で、頭が禿げ、微笑を浮かべ、茶褐ちゃかっ色の頤髯あごひげやし、元気のない繊細な顔つきをし、かぎ鼻であって、流行記事や世間的雑報を雑誌に書いていた。
ヒイッと悲鳴で仰向あおむけに土間に転がり落ちると、その下になって、ぐしゃりと圧拉ひしゃげたように、膝をの上へ立てて、うごめいた頤髯あごひげのある立派な紳士は、附元つけもとから引断ひききれて片足ない
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頤髯あごひげが長く腹まで垂れて、それが沙漠の風に吹かれて、仏子ほうすのようにひるがった。
沙漠の美姫 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると反対の側から、年の頃は六十路むそじを二つ三つ越えたと思われる半白の口髭くちひげ頤髯あごひげ凛々りりしい将軍が、六尺豊かの長身を、静かにマイクロフォンに近づけた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
逆立った口髯くちひげやし、とがった短い頤髯あごひげを生やし、背の低い、赤ら顔の、小太りの人であったが、横柄ななれなれしさでクリストフに呼びかけ、あぶらぎった両手で彼の頬をたたき
其奴そいつ間夫まぶだか、田楽だか、頤髯あごひげすさまじい赤ら顔の五十男が、時々長火鉢の前に大胡坐おおあぐらで、右の叔母さんと対向さしむかいになると、茶棚わきの柱の下に、櫛巻の姉さんが、棒縞ぼうじまのおさすり着もの
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頤髯あごひげたくましい彼の顔は、すぐに無邪気なものになった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なるほど頤髯あごひげ見覚みおぼえのある戸波博士が、帆村の手によって牛乳車の中から助け出されていた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と揚々として頤髯あごひげ掻い撫ずれば、美人はひたすらこびを献じ
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
骸骨がいこつのように大きい頭、黒い眼鏡、特徴のある口髭くちひげ頬鬚ほおひげ頤髯あごひげ、黒い中国服に包んだ痩せた体——一体この体のどこからあのようなすばらしい着想とおそるべき精力とが出て来るのであろう。
と、頤髯あごひげのある男がおしゃべりを中止して、帆村の方に合図あいずをした。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)