銅壺どうこ)” の例文
と、隣り座敷から不意に呼びかけたものがあったには、ピグミーもびっくり仰天して、思わず手に持てる銅壺どうこを取落そうとしました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お増は楊枝ようじや粉を、自身浅井にあてがってから、銅壺どうこから微温湯ぬるまゆを汲んだ金盥かなだらいや、石鹸箱などを、硝子戸の外の縁側へ持って行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
平次はお勝手へ行つて、眞つ暗な中で徳利と乾物を搜して來ると、不器用な手つきで膳の上へ並べ、徳利の尻を銅壺どうこに突つ込みました。
茶の間では銅壺どうこが湯気を立てて鳴っていた。灸はまた縁側えんがわに立って暗い外を眺めていた。飛脚ひきゃく提灯ちょうちんの火が街の方から帰って来た。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
へっついは貧乏勝手に似合わぬ立派な者で赤の銅壺どうこがぴかぴかして、うしろは羽目板のを二尺のこして吾輩の鮑貝あわびがいの所在地である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
というように、緋錦紗ひきんしゃの厚い座ぶとんへ右門をすわらせると、女はあか銅壺どうこのふたをとってみて、ちょっと中をのぞきました。
が、四五日たつと、やはり、客の酒のかんをするばかりが能やないと言い出し、混ぜない方の酒をたっぷり銚子に入れて、銅壺どうこの中へけた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
女中のふさは手早く燗瓶かんびん銅壺どうこに入れ、食卓の布をつた。そしてさらに卓上の食品くひもの彼所かしこ此処こゝと置き直して心配さうに主人の様子をうかがつた。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
と唇を横舐よこなめずって、熊沢がぬっと突出した猪口に、酌をしようとして、銅壺どうこから抜きかけた銚子ちょうしの手を留め、お千さんが
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「さァ来た、熱いのが……」田代はそれにこたえず、小女の銅壺どうこから出して来た銚子をうけとると小倉のまえの猪口と自分のまえの猪口とについだ。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
印判屋はんこやの次が鼈甲べっこうや、その次がけいあんと呼ぶ雇人口入業、油やに銅壺どうこや——少年の下町句調で唇から滑らかに出るこれ等の特色ある職業の名を聞くと
美少年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お茶番のいる広い土間の入口のくぐり戸をはいってゆくと、平日いつもに増してお茶番の銅壺どうこにえたち、二つの茶釜ちゃがまからは湯気がたってどこもピカピカ光っていた。
ソレどころではない、荷物をからげて田舎に引越ひっこすとうような者ばかり、手まわしのい家ではかまど銅壺どうこまではずして仕舞しまって、自分は土竈どべっついこしらえて飯をたいて居る者もある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ふざけて抱き合う拍子にくわえたシガーがどろの上へ落ちたのを拾ってはまた吸っています。プラッツのすみのほうに銅壺どうこをすえてプンシュを売っている男もありました。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
丁度手の届くところに二合罎があったのでお照はそれをば長火鉢の銅壺どうこの中に入れようとして
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
田辺の家へ寄って見ると、台所に光る大きな黒竈くろへっつい銅壺どうこの側で、お婆さんがず笑顔を見せた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
火鉢の灰かきならし炭火ていよくけ、芋籠いもかごより小巾こぎれとりいだし、銀ほど光れる長五徳ながごとくみがきおとしを銅壺どうこふたまで奇麗にして、さて南部霰地なんぶあられ大鉄瓶おおてつびんをちゃんとかけし後
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこには銅壺どうこえた長火鉢ながひばちがあって、これまでついぞ見たことのない小女こむすめが坐っていた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
觀世善九郎かんぜぜんくろうという人が鼓を打ちますと、台所の銅壺どうこの蓋がかたりと持上り、あるいは屋根の瓦がばら/\/\と落ちたという、それが為瓦胴がどうという銘が下りたという事を申しますが
梅若七兵衛 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お豊が燗徳利かんどっくりを長火鉢の銅壺どうこへ入れるのを見て、深喜は「おれはだめだぜ」と云った。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こんな夜は、長火鉢に貝鍋をかけ、銅壺どうこに酒をあたためて、静かで長い夕食をとる。貝鍋の魚には、いろいろためしてみたが、けっきょく一番安くて、一番味のない、ほっけに落ちついた。
貝鍋の歌 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
美津みつたもとくわえながら、食卓に布巾ふきんをかけていた。電話を知らせたのはもう一人の、まつと云う年上の女中だった。松は濡れ手を下げたなり、銅壺どうこの見える台所の口に、たすきがけの姿を現していた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かゆの半杯ものどには通るまい。料理などは、むだな事だ、と有合せの卵二つを銅壺どうこに投げ入れ、一ばん手数のかからぬ料理、うで卵にして塩を添え、酒と一緒に差出せば、男は、へんな顔をして
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
湯村はこの日、朝ツからかんが立つて、妹ばかり叱つて居た。塩鰺しほあぢの塩加減、座敷の掃除、銅壺どうこに湯をらしたの、一々癪に触る。襦袢の洗濯を忘れて居たのでは、妹が泣出すほど叱り付けてやつた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
お蔦は、二本めの燗徳利かんどくり銅壺どうこから上げて、茶碗へ注いだ。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
爺さんは、うなずいて、銅壺どうこに、燗瓶かんびんを放り込む。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
銭形平次は、お静の持って来た徳利を一本、銅壺どうこの中にポンと入れて、膳の支度を待つあいだ、神妙に八五郎の話を聴く気になった様子です。
晩春の頃で、独活うどと半ぺんの甘煮うまになども、新造しんぞは二人のために見つくろつて、酒を白銚はくてうから少しばかり銚子に移して、銅壺どうこでおかんをしたりした。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
まあ、その銅壺どうこに、ちゃんとお銚子ちょうしがついているんじゃありませんか。踊のお師匠さんだったといいますから、お銚子をお持ちの御容子ごようすも嬉しい事。
湯のたぎった銅壺どうこへ入れた、「交代と交代のあいのときなんです、もう半刻もすればこの十三の屋台店がくまんばちの巣みたようになっちまいます、——お武家さんは知らねえんですか」
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ひょいとみると、あか銅壺どうこに好物がにょっきりと一本かま首をもたげていたものでしたから、ことごとくもう上きげんで、とくりのしりをなでなでかんかげんを計っていると、突然でした。
御祖父おじいさんは銅壺どうこの中に酒をいっぱい入れて、その酒で徳利とくりかんをしたあとをことごとくてさしたほどの豪奢ごうしゃな人だと云うから、銀扇の百本ぐらい一度に水に流しても平気なのでしょう。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
銅壺どうこだの鍋だの天ぷらの揚げ台だのをうず高くつみ上げた銅器類製作の、煙草だのパンだのの飾り棚を引拡げた店飾陳列の、「時代の生んだ」鉄網万年襖商の、そうした特殊の、めずらしい
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
お使なさいましよ。銅壺どうこに一杯沸いていますよ。何いいんですよ。家じゃ十一時でなくっちゃ帰って来ませんからね。いっその事今夜はここでお話しなさいましよ。田島さん、ねえ、田島さん。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『待て、炭もつがなければ、銅壺どうこの湯も、ちと冷め加減』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何をぼんやり考えているんです。」とお国は銚子ちょうし銅壺どうこから引き揚げて、きまり悪そうな手容てつきで新吉の前に差し出した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一度片付けた晩酌の膳を出して、猪口ちよこを二つ、かんざましになつた徳利の尻を、まだ熱くなつてゐる銅壺どうこに突つ込みます。
まず引掛ひっかけの昼夜帯が一つ鳴ってしまった姿。わざと短い煙管きせるで、真新しい銅壺どうこに並んで、立膝で吹かしながら、雪の素顔で、くるわをちらつく影法師を見て思出したか。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「なんでもないの」お蝶はそう云って、おでん鍋に付いている銅壺どうこからかん徳利を出し、ちょっと底に触ってみてから、はかまへ入れて新助の前に置いた、「熱くなっちゃったわ、ごめんなさい」
ちゃん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もし敵がこの行動を二週間継続するならば、主人の頭は畏怖いふ煩悶はんもんのため必ず営養の不足を訴えて、金柑きんかんとも薬缶やかんとも銅壺どうことも変化するだろう。なお二週間の砲撃をくらえば金柑はつぶれるに相違ない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一度片付けた晩酌の膳を出して、猪口ちょこを二つ、かんざましになった徳利の尻を、まだ熱くなっている銅壺どうこに突っ込みます。
銅壺どうこつかった酒のかんなどを見ながら、待っているお雪の顔を見ると、意味ありげな目色をして、にやりと笑った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
唯今の注進に、ソレと急いで、銅壺どうこかんを引抜いて、長火鉢の前をと立ちざまに来た。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長火鉢にはよく磨いたあか銅壺どうこがあり、かん徳利が二本はいっている。その部屋は帳場を兼ねた六帖の茶の間で、徳利や皿小鉢やさかずきなどを容れる大きな鼠不入ねずみいらずと、茶箪笥ちゃだんす、鏡台などが並んでいる。
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「金の茶釜を盗むあわて者があったんだろう、家へ持って帰ってき込むとあかになる奴さ。銅壺どうこの代りにもなるめえ」
大火鉢おほひばちがくわん/\とおこつて、鐵瓶てつびんが、いゝ心持こゝろもちにフツ/\と湯氣ゆげててる。銅壺どうこには銚子てうしならんで、なかにはおよぐのがある。老鋪しにせ旦那だんな新店しんみせ若主人わかしゆじん番頭ばんとうどん、小僧こぞうたちも。
祭のこと (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
晩飯の時、叔母は叔父の好きな取っておきの干物ひものなどをあぶり、酒もいいほど銚子ちょうしに移して銅壺どうこけて、自身寝室ねまへ行って、二度も枕頭まくらもとで声をかけて見たが、叔父は起きても来なかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お静は一本銅壺どうこに落しながら、平次の顔をそっと覗きました。一緒になってからもう一年、こんなに屈托した顔を一度も見せたことのない夫だったのです。
銅壺どうこの湯をして、杓文字しゃもじで一つ軽くおさえて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銅壺どうこも、長火鉢も、それこそ、かげろうが立つほど磨かれているのに、感心したり、キモをつぶしたりした。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)