蔓延まんえん)” の例文
野にも、畠にも、今ではあの猛烈な雑草の蔓延まんえんしないところは無い。そして土質を荒したり、固有の草地を制服したりしつつある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
火災が起こり飢饉ききんが始まった。何もかも、ありとあらゆるものが滅びていった。疫病はしだいに猖獗しょうけつを加え、ますます蔓延まんえんしていった。
この棋というものが社交的遊戯になっている間は、危険なる思想が蔓延まんえんするなどというおそれはあるまいと、若い癖に生利なまぎきな皮肉を考えている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、朝廷もようやくその蔓延まんえんの状に憂色を濃くしだしていた。天皇がたのむところは尊氏でしかない。尊氏はひんぱんに天皇のお召をうけた。
北は東京近郊の板橋かけて、南は相模厚木辺まで蔓延まんえんしていて、その土地土地では旧家であり豪家である実家の親族の代表者はことごとく集っている。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
幸ひに風が無いので、火勢は左程さほど四方には蔓延まんえんせぬけれど、下の家の危さは、見て居ても、殆ど冷汗が出るばかりである。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
君江は同じ売笑婦でも従来の芸娼妓げいしょうぎとは全く性質を異にしたもので、西洋の都会に蔓延まんえんしている私娼ししょうと同型のものである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
退化もまたすでにもともとその性質において堕落すべき種子たねが含まれているある一種の病原が存し、この種子たねが年とともに蔓延まんえんするものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかしその帽子を除いたにしても、何の某の服装なるものは、寸分すんぶん立派りつぱになる次第ではない。唯貧しげな外観が、全体に蔓延まんえんするばかりである。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
よつて意へらく、幕にて知らぬところを強ひて申し立て、多人数に株蓮しゆれん蔓延まんえんせば、善類をそこなふこと、すくなからず、毛を吹いて瘡を求むるにひとしと。
留魂録 (新字旧仮名) / 吉田松陰(著)
技術者たちが卑怯ひきょうと言えば、確かにその通りであるが、実際にはこの種の熱病の蔓延まんえんは、二人や三人の人間の力で喰い止め得るものではないのである。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
現在の系図が真実なりとするならば、佐藤家は下野しもつけより北部に向って非常な勢いをもって蔓延まんえんして行ったのである。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
不思議な熱病の蔓延まんえんは恐ろしいほどに速かった。中津川の町の町人のほとんど全部がこれにかかり泣き声喚き声呪咀のろいの声が城中へまでも聞こえて来た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二年ぐらいの周期で蔓延まんえんするっていうが、今年に特に物凄いからね、凉風すずかぜが吹いて下火になるどころか、こんな真冬になっても物凄い発病者があるんだからな
睡魔 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
一九二九年はこのレコード熱がもっとも猖獗しょうけつをきわめた年であって、その熱病が欧州にまでも蔓延まんえんした。
記録狂時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかのみならず五本の毛へこびりつくが早いか、十本に蔓延まんえんする。十本やられたなと気が付くと、もう三十本引っ懸っている。吾輩は淡泊たんぱくを愛する茶人的猫ちゃじんてきねこである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
凄まじい勢いを以って蔓延まんえんする伝染病に対して、防疫のすべを知らない其の時代の人々は、ひたすら神仏の救いを祈るのほかは無いので、いずこの神社も仏寺も参詣人が群集して
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その旧道にはもみ山毛欅ぶななどが暗いほど鬱蒼うっそうと茂っていた。そうしてそれらの古い幹にはふじだの、山葡萄やまぶどうだの、通草あけびだのの蔓草つるくさが実にややこしい方法でからまりながら蔓延まんえんしていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そう駿すんえんのうの間に流行し、昨年中は西は京阪より山陽、南海、西国まで蔓延まんえんし、東はぼうそうじょうしんの諸州にも伝播でんぱし、当年に至りてはおう州に漸入するを見る。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
この勢いで貧窮組は江戸の市中へ蔓延まんえんして、ついには貧窮組へ入らなければ人間でないようになってしまいました。男ばかりではない、女も入らなければならないようになりました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
瀬戸内の波いと穏やかに馬関ばかんに着きしに、当時大阪に流行病あり、ようや蔓延まんえんちょうありしかば、ここにも検疫けんえきの事行われ、一行の着物はおろか荷物も所持の品々もことごとく消毒所に送られぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
あなたを中心として周囲に漂う気分が、校内に蔓延まんえんすることを、「真新なる生活」のために憂えたからである。私はいま少し生活に対する批評的精神が校内に起こらねばならぬと思う。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
なぐろうがどうしようが起きられない病人である。彼等の二割は何時いつでも病気だ。しかも坑内でも小屋でも密集しているので伝染病の蔓延まんえんは早く、鉱山の一般死亡率は三割と云われていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
この草は春になえを生ずるが、それは地中に蔓延まんえんせる細長い地下茎ちかけいから出て来る。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
清国政府自体がいま、ぐらつきはじめているのだからね。君たちには、わかるまいが、革命思想がいま支那の国内に非常な勢いで蔓延まんえんしているらしいからね。たたきが煮えたよ、たべないか。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すでにして逐一口を開きしに、幕にて一円知らざるに似たり。っておもえらく、幕にて知らぬ所をいて申立て、多人数に株連蔓延まんえんせば善類をそこなう事少なからず、毛を吹いてきずを求むるにひとしと。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
実際、科学は発達したけれども科学で説明のつかぬような事実は人生に多くあり、いわば科学万能思想の盲点を突いて、非合理的・神秘的な宗教もしくは擬似宗教はいまなお世に蔓延まんえんしている。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
その秋地方に流行性感冒の蔓延まんえんしました時、はつは年は取っても元気を出して、あちこちの看病に雇れていたのですが、とうとう自分も感染して、年寄の流感で、それなりってしまいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
性病の蔓延まんえんや避妊の事実は無いか、と誰もが訊ねる。なるほど、性病も肺病も無いことはないが、それは何も、この島に限ったことではない。というよりむしろ、他の島々に比べて少い位なのだ。
日本中に、東京中に、工場ができた。四の橋のあたりにも、芝浦辺の大工場の下請け工場がいっぱいできた。川沿いに、きたない小工場が疥癬かいせんみたいに蔓延まんえんした。これが俺の眼に映じた現実である。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
女房にようばうんだとき卯平うへい枕元まくらもとなかつた。村落むらには赤痢せきり發生はつせいした。豫防よばう注意ちういなにもない彼等かれらたがひ葬儀さうぎうてすこしの懸念けねんもなしに飮食いんしよくをしたので病氣びやうき非常ひじやういきほひで蔓延まんえんしたのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ひじょうにひろく蔓延まんえんするし、同じちからで人を毒する
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
皆、天然自然のしからしめるところであって、その根本たりとも衰えることはないと言えない。大根おおねの枯れさえなければ、また蔓延まんえんの時もあろう。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
決而可伺儀けつしてうかゞふべきぎ而者無之候てはこれなくさふらへ共、右殺害に及候者より差出し候書附にも、天主教を天下に蔓延まんえんせしめんとする奸謀之由申立かんぼうのよしまうしたて有之、もつとも、此書附而已のみに候へば
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それは砂町一丁目と上大島町の瓦斯ガスタンクを堡塁ほるいのように清砂通りに沿う一線と八幡やわた通りに沿う一線に主力を集め、おのおの三方へ不規則に蔓延まんえんしている。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし一地方に植民をして来るものは多く同一家であって、その姓を同じくしているのが普通であるから、一族蔓延まんえんの場合にはこれもまた区別になりにくい。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それが俗にいわゆる知識階級のある一部まで蔓延まんえんしている事は事実であるが、それとは少し趣を異にした事柄で、科学的に験証され得る可能性を具えた命題までが
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
奇麗な顔をして、下卑げびた事ばかりやってる。それも金がない奴だと、自分だけで済むのだが、身分がいいと困る。下卑た根性こんじょうを社会全体に蔓延まんえんさせるからね。大変な害毒だ。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それに反して城下は、いや伊勢、伊賀一円は、みだれ飛ぶ浮説が、日と共に蔓延まんえんしていた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんなことがあるはずがない」と言い切る人があれば、流言蜚語は決して蔓延まんえんしない。しかしこの「はずがない」と立派に言い切るには、自分の考えというものを持つ必要がある。
流言蜚語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
三奉行大憤激して吟味することにも相成り候わば、小子深望の事に候えば、その節株連しゅれん蔓延まんえんも構わず、腹一杯天下の正気を振うべし。事いまだここに至らざれば、安然として獄に坐しの天命を
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
けだし、そのはじめて起こりし地は州にして、その地よりコックリの報道を得たるは一昨年にあり。その後数カ月を経て、尾濃、京阪の間に行わるるを聞き、同時に房総諸州に蔓延まんえんせるを見る。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そのことがすでに彼には耐えられなかった。そういう彼とても、ただ漫然と異宗教の蔓延まんえんを憂いているというではない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
火事を起こし蔓延まんえんさせるに最適当な燃料でできていて、その中に火種を用意してあるのだから、これは初めから地震に因る火災の製造器械をすえ付けて待っているようなものである。
からすうりの花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ここだけでなく、時宗の仲間は諸所にみられ出し、だんだん蔓延まんえんきざしがある。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こういう話は景気をつけるだけならよいが、必ず悪い影響があるものである。その発明家がもうける金や、その実験に使う資材くらいは多寡たかが知れているが、一番困るのはこの種の病気の蔓延まんえんである。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かねて耶蘇教ヤソきょう蔓延まんえんを憂い、そのための献言もつかまつりたい所存であったところ、たまたま御通輦を拝して憂国の情が一時に胸に差し迫ったということであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから、もし、睡蓮が他の水草を次第に圧迫して蔓延まんえんするか、しないか、これも問題である。物好きな人があったら、年々写真でもとっておいて、あとで研究したらおもしろそうである。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「異教の蔓延まんえんです」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)