狐色きつねいろ)” の例文
小屋の前の亜麻をこいだ所だけは、こぼれ種から生えた細い茎が青い色を見せていた。跡は小屋も畑も霜のために白茶けた鈍い狐色きつねいろだった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
醤油をたっぷりつけて狐色きつねいろにこんがり焼けてふくれているところなぞ、いかにもうまそうだったが、買う気は起らなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
程よく焼けて焦げた皮をそっくりぎ、狐色きつねいろになった中身のしずくを切って、花鰹はながつおをたっぷりかけるのですが、その鰹節かつおぶし醤油しょうゆ上品じょうぼんを選ぶのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
うなると昨夜さくやあたゝかな「スープ」や、狐色きつねいろの「フライ」や、蒸氣じようきのホカ/\とつてる「チツキンロース」などが、食道しよくだうへんにむかついてる。
おつぎは手桶てをけそここほつた握飯にぎりめし燒趾やけあとすみおこして狐色きつねいろいてそれを二つ三つ前垂まへだれにくるんでつてた。おつぎはこつそりとのぞくやうにしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
窓向まどむこうの壁がかぶりつきたいほどうまそうな狐色きつねいろに見えた。彼女は笑った。横隔膜おうかくまくを両手でおさえて笑った。腹が減り過ぎてかえっておかしくなる時が誰にでもあるものだ。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それからうちへ帰るあいだ、大学の池の縁で会った女の、顔の色ばかり考えていた。——その色は薄くもちをこがしたような狐色きつねいろであった。そうして肌理きめが非常に細かであった。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とおまんは隣家の子息むすこにお民を引き合わせて、串差くしざしにした御幣餅をそのぜんに載せてすすめた。こんがりと狐色きつねいろに焼けた胡桃醤油くるみだまりのうまそうなやつは、新夫婦の膳にも上った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
篤介は今日きょうも制服の上に狐色きつねいろになったクレヴァア・ネットをひっかけ、この伽藍がらんに似た部屋の中をぶらぶら一人ひとり歩いていた。広子は彼の姿を見た時、咄嗟とっさに敵意の起るのを感じた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
盛り上りり下ぐる岩蔭の波のしたに咲く海アネモネの褪紅たいこう緋天鵞絨ひびろうどを欺く緋薔薇ひばら緋芥子ひげしの緋紅、北風吹きまくる霜枯の野の狐色きつねいろ、春の伶人れいじんの鶯が着る鶯茶、平和な家庭の鳥に属する鳩羽鼠はとはねずみ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
えりあたあき狐色きつねいろかがやいていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
草が狐色きつねいろ毛氈まうせんを拡げ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
からだじゅうをやけどしたとみえて、ふさふさしている毛がところどころ狐色きつねいろにこげて、どろがいっぱいこびりついていた。そして頭や足には血が真黒まっくろになってこびりついていた。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その穂は僕等の来た時にはまだすっかり出揃でそろわなかった。出ているのもたいていはまっさおだった。が、今はいつのまにかどの穂も同じように狐色きつねいろに変り、穂先ごとにしずくをやどしていた。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
狐色きつねいろ落葉おちばの沈んだ池へ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)