気配けはい)” の例文
旧字:氣配
北見せん子の母親と入れ違ひになるかと思ひ、車を急がせたが、家の門口で、彼は遠藤と彼女とが何やら云ひ争つてゐる気配けはいを感じた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
太陽はぎらぎら輝きながら、むなしい速度で回転していた。その大空の何処かを、鋭く風を切って、飛行機が近づいて来る気配けはいがあった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
こちらへさやさやとつつましやかにきぬずれの音を立てながら、大役におびえおののいているのに違いない菊路が導かれて来た気配けはいでした。
小侍従は衛門督の手紙をひろげた。ほかの女房たちが近づいて来た気配けはいを聞いて、手でお几帳きちょうを宮のおそばへ引き寄せて小侍従は去った。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
そうして、気配けはいをしのばせながら、足もとによりついてくる者があるのも知らないで、呂宋兵衛るそんべえはいぜんとして目をとじたままだった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時ふと、今朝何かそうそうと物の逃げ去るような気配けはいに眼を覚したのだということが、彼の意識にちらと浮んでまた消えた。
囚われ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その後暫くあって、染井の藤堂とうどうの屋敷と、染井稲荷そめいいなりとの間にある旗本の屋敷の、久しく明いていたのに人の気配けはいがするようです。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして、二人の顔に別に反抗の気配けはいも見られなかったので、二人にそんなことをいった埋合せをするつもりで、さらにいった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
この谷をはさんだ二つの山はまだ暁暗ぎょうあんの中に森閑しんかんとはしているが、そこここの巌蔭いわかげに何かのひそんでいるらしい気配けはいがなんとなく感じられる。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「とうから」と聞きかえした時に父のほうから思わず乗り出した気配けはいがあったが、すぐとそれを引き締めるだけの用意は欠いていなかった。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
同じように鼻も、やはり何事もなかったように、彼の顔に落着いて、他所へ逃げ出そうなどという気配けはいは少しも見せなかった。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
例の赤外線男が出て来そうな気配けはいだったが、しかし仄暗ほのぐらいながら電灯がついているから停電でもしない限りず大丈夫だろう。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
出て行った気配けはいもないが——思い切って、開けておどり出ようとして、壁辰は手を引っこめた。待てよ!——と思うのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
このうえ躊躇ちょうちょしていたら、った煙管きせるで、あたまのひとつもられまじき気配けはいとなっては、藤吉とうきちも、たないわけにはかなかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
と、跡に残った一人が障子の外にうずくまった気配けはいで、スルスルと障子がいたから、見ると、彼女あのおんなだ、彼女あのおんなに違いない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それで一たんは静まつたやうではあつたが、その中にはかへつて不気味な気配けはいひそまつてゐた。黒くかたまつた人達はその場を去らうとはしなかつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
と女は一寸の間、気配けはいうかゞつた後で云つた。「お上から廻はされてこんな処に迄化けて這入りこんでゐるのよ。」
しかし、チーフメーツの室は固くとびらに錠がおろされて、人の気配けはいがしなかった。彼はサロンデッキを一回りした。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
継子の夫を持てばやはり違うのかと奉公人たちはかんたんにすかされて、お定の方へ眼を配るとお定もお光にだけは邪険じゃけんにするような気配けはいはないようだった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
わたくしがそうした無邪気むじゃき乙女心おとめごころもどっている最中さいちゅうでした、不図ふと附近あたりひと気配けはいがするのにがついて、おどろいてかえってますと、一ほん満開まんかい山椿やまつばき木蔭こかげ
何者かが忍んでいるかも知れないと、用心しながら奥へ入り込んだが、ただ一度、大きい鼠に驚かされただけで、鎮まり返った空家あきやのうちには人の気配けはいもなかった。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人の気配けはいもしない黙々たる死んだような人家に囲まれ、しだいに濃くなってゆく夕闇ゆうやみのうちに包まれ
忠太郎 (気配けはいで察し、鳥羽田が斬り込むのをかわし、金五郎が斬り込むのも躱し、立木を楯にとる)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
就中なかんずく一角はもう少しすると風に吹き破られて、破れた穴から青い輝きを洩らしそうな気配けはいを示した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小枝がゆれると、雀ははねるようにぴょんと隣りの小枝に飛びうつった。その肢体したいには、急に若い生命がおどりだして、もうじっとしてはおれないといった気配けはいである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
若侍が、襖の外まで来て、うずくまると、その気配けはいに、あわてて、珠玉を、手の中に握り匿したが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
男6 (大層感心した様子で)さよう、……いや、あの気配けはいでは、本当にもう心から神になり切っておりますな。身も心もすっかり神がのりうつっている頃なのでしょう。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
まつが、起きたような気配けはいだったので、千穂子ははしを置いて奥の間へ行った。暗い電気の下で、ぶるぶるふるえる手つきで、飯をぽろぽろこぼしながらまつは食事をしていた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
併し、「たはわざなそ」という句は、悪い調子を持っていて慈心じしんが無い。とげとげしくて増上ぞうじょう気配けはいがあるから、そこに行くと家持の歌の方は一段と大きくつ気品がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
けれども、もうだいぶ時間じかんっているのにたまごはいっこうからやぶれる気配けはいもありませんし、たずねてくれる仲間なかまもあまりないので、この家鴨あひるは、そろそろ退屈たいくつしかけてました。
さて、二人はまっ暗なホールに踏みこんだが、シーンと静まり返って、人の気配けはいもない。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ワッ!」と悲鳴をあげたウエップが、とつぜんかけだした。浮き足だった三人もつづいてかけだした。ぶなの林のなかに逃げこんで、一同はホッと息をついた。あらしはいつやむ気配けはいもない。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
こっちの火勢かせいがよわければ、今にもとびかかろうかという気配けはいが見えた。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
少しでも風の吹きそうな気配けはいもないので、ボートを下して水夫を乗り込ませ、船を曳索ひきなわで曳いて、島の角を𢌞り、狭い水路を上って、骸骨スケリトン島の蔭の碇泊所まで三四マイル行かねばならなかったのだ。
と冷かすように吹き出したらしい気配けはいを政宗は感じた。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
しかも、危ない気配けはいは見えない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
俊寛人の気配けはい岩陰いわかげかくれる。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
中の君が姉君を気づかわしく思うあまりに病床に近く来て、奥のほうの几帳きちょうの蔭に来ている気配けはいを薫は知り、居ずまいを正して
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さりとてまた、けたたましく人を呼び起して、たった今、この座敷へ怪しい者が入りましたよと、騒ぎ立てる気配けはいもないらしい。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ぼうぜんとしていた竹童は、その気配けはいに顔をあげたが、ようすがわからないので、いち早く、草のなかに身をふせてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然し、村田が追っかけてくる気配けはいはなかった。しいんとしていた。誰とも知れない無数の眼から見られてる気がした。彼は逃げるように飛び出した。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
シャボン玉でも吹き出したように、パッパッと、真白な機関銃の煙が空中を流れた。わが偵察機は、容易に応射の気配けはいもなく、無神経に突入して行った。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼れはそのを見るともう一種のおびえを覚えた。人の気配けはいをかぎつけると彼れは何んとか身づくろいをしないではいられなかった。自然さがその瞬間に失われた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ねんではまだわからないというので、さらに二ねんほどつことになりましたが、しかしそれがぎても、矢張やは懐胎かいたい気配けはいもないので、とうとう実家じっかでは我慢がまんがしれず
おおかた、もはや縁先近えんさきちかくまでていたのであろう。藤吉とうきちぐさま松江しょうこう春信はるのぶつたえて、いけほうかえしてゆく気配けはいが、障子しょうじうつった二つのかげにそれとれた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ごくりとまた、一口、飲んだとき、床下の方で、かすかに、女の咳ばらいのような気配けはいが聴える。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それを見送って、寄り付きの二畳へ出て来た半七は、誰か表に忍んでいるような気配けはいを覚った。
半七捕物帳:56 河豚太鼓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
教師は、だれに対してもあとにはひくまいという気配けはいを見せている女中たちのあいだを、くぐり抜けていかなければならなかった。フリーダがそのあとにつづいていった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
すると、うす暗い台所の板敷の上に眩しいやうな、うすい葉洩れ日のやうな気配けはいが立つた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
嵐でも来そうな気配けはいでございますよ。……そろそろお家へお帰りになってはいかがです?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)