とげ)” の例文
かれらが女を避けるのは、彼女の立ち居があまりに乱暴で、とげとげしくって、また仮借のないすごいような毒口をきくからであった。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
歌詞ことばとげがあるといえばあるものの、根が狂気女きちがいおんなの口ずさむ俗曲、聞く人びとも笑いこそすれ、別に気に留める者とてはなかった。
得たりと勢込んで紀昌がその矢を放てば、飛衛はとっさに、傍なる野茨のいばらえだを折り取り、そのとげ先端せんたんをもってハッシと鏃をたたき落した。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さうすると、やたらに茨のとげがひつかかり出して、道は深いはしばみの叢みの中へはいるが、それでもかまはず、さきへさきへと行かつしやれ。
向う側の通りでは、カーキ服が、とげのある針金を引っぱって作業をつゞけていた。睨みあった。こちらが睨む。向うが睨む。石が飛んだ。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
(ミュゾオの庭には、詩人が自分の手で百株ばかりの薔薇を植えていたのである。)その時その薔薇のとげが彼の手を傷つけた。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ね、水の底に赤いひとでがいますよ。銀水ぎんいろのなまこがいますよ。ゆっくりゆっくり、ってますねえ、それからあのユラユラ青びかりのとげ
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
大いに安心してその砂原の中をだんだん進行してちょうど五時頃当り小さな草も生えて居ればとげのある低い樹の生えて居る所に着きました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
と、丙の男がそろそろとお蝶の体へ近寄って、膝の上の白い手へさわりましたが、彼女の手は、いばらの如くとげを立って男のそれを振り退けます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは内気な彼女には珍らしいとげのある言葉だった。武夫はお芳の権幕に驚き、今度は彼自身泣きながら、お鈴のいる茶の間へ逃げこもった。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
葉の端に小さな留針のやうなとげ。——さういつたものが、どちらの柚にもくつ着いてゐて、互の単純性を損ひ合つてゐるのが私の眼についた。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
そして、その円筒に無数と植えつけられているとげの一つに、糸の一端を結び付けて、それをピインと張らせ、さてそうしてから検事に云った。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「そとへ行ってとげを立てて来ましたんや。知らんとおったのが御飯を食べるとき醤油しょうゆが染みてな」義母が峻にそう言った。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
彼方此方あつちこつちの隙間から、白い眼で見送つたり覗いたりするのが、とげでも刺されるやうに、敏感な平次に感ずるのでした。
というのは、そのすくすくと伸びた栗の木の枝には、なんと五寸釘のようなとげをもったお祭り提灯のような巨大ないがが、枝もたわわに成っているのである。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
薄い毛織の初夏の着物を通す薔薇のとげの植物性の柔かい痛さが適度な刺戟しげきとなつて、をとめの白熱した肢体したいを刺す。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
薔薇ばらのような甘い香と鋭いとげとが、ふたつながら含まれていたのも漸くわかってくると、お君は我知らずポーッと上気してまたもかおが真赤になりました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さう言はれると圭一郎はとげにでも掻きむしられるやうな氣持がした。彼は勤め先では獨身者らしく振る舞つてゐた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
いかにやつれたことであろう! 高い鼻は尖ってとげのようになり顳顬こめかみは槌で叩かれたかのように、痩せてくぼんでへっこんで、広がった額がせばまって見える。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、わたしが垣を越えようとするたびごとにとんで来て、荊棘いばらや、とげのついた針金を掻きわけてくれる。
その由来については、牛蒡の種に小さいとげがあって、よく物にひっつく様に、この人々は容易に他人にひっ憑くから、それでこの名を得たのだと言われている。
そして若し生命そのものが愛といふものであるならば、此苦い憎悪の中から、とげと、渋皮の奥なる甘い栗を取り出すやうに、美味な純真な愛に到達しようと思ふ。
愛人と厭人 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
しかしこの地の雪にはとげがあり針があった。寒流に乗って北から運ばれ、何カ月も何カ月も地表は凍えていた。ひろい雪の曠野こうやには、風をさえぎる何物もなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
荒々しいとげのある言葉づかいでは、相手の反感をそそるだけです。全く、丸い玉子も切りようで四角にも三角にもなるごとく、ものもいいようでかどがたつのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
うちにとげをもった小さな悪魔のようなものであった。知識慾が猛然として私のうちに湧き上ってきた。一切の知識をだ。世の中の人はどういう風に生きているのか。
かりそめにも、このようなニーナたちの親切の中に、おそろしいとげがかくされていようなどとは、思ってもみなかった。お人形のように純情なことは、いいことである。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
パウロが終世癒えなかった眼病を、神の与え給いしとげとして忍び受けたように、私も私の運命に甘え、自らに媚びる心を制するための神の賜物として甘受いたしましょう。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
高木のとげ野郎にあ、全く油断も隙もねえなあ。駒馬を貸して置く代わりに、伯楽から、牝馬だんま
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
踏躙ふみにじ気勢けはいがすると、袖のもつれ衣紋えもんの乱れ、波にゆらるゝかと震ふにつれて、あられの如く火花にて、から/\と飛ぶは、可傷いたむべし引敷ひっしかれとげを落ちて、血汐ちしおのしぶく荊の実。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
疏水の両側の角刈にされた枳殻からたちの厚い垣には、黄色な実が成ってその実をもぎ取る手にとげが刺さった。枳殻のまばらなすそから帆をあげた舟の出入する運河の河口が見えたりした。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
けれども一向効能きゝめがなかつた。何が入つたものか、眼球にとげでもさゝつたやうな痛さだつたが、何だかお信さんが却つてそれを奥深く突き刺したのではないかと思はれさへした。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
幹、枝、葉、繊維、くさむらつる、芽、とげ、すべてが互いに交り乱れからみ混合していた。
そうして其処で、まどろんで居る中に、悠々うらうらと長い春の日も、暮れてしまった。嬢子は、家路と思うみちを、あちこち歩いて見た。脚はいばらとげにさされ、そでは、木のずわえにひき裂かれた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
顏付にも音聲にもとげがなくつて、西片町界隈の他の學者達よりも親しみ易かつた。
昔の西片町の人 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
しかし、今日の真喜には、実は、そういう類いの好もしさよりも、なにかどぎつくこちらの感情にふれてくるとげのようなものがあり、彼は、それをどう始末していゝかわからなかつた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
ふかだのさめだのは素より、身体からだ中に刃物を並べたしゃちだの、とげうろこを持った海蛇だのがたかって来て、烈しい渦を巻き立てて飛びかかりましたから、香潮は一生懸命になって、拳固でなぐり飛ばし
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
その甲や足にいばらのようなとげがたくさん生えているのでございますが、今晩のは俗にかざみといいまして、甲の形がやや菱形になっていて、その色は赤黒い上に白いのようなものがあります。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
耳をろうするばかりの轟々ごうごうたるエンジンの地響を打たせ、威風堂々と乗り込み来たったのは、豪猪やまあらしの如き鋭いとげうごめかす巨大なる野生仙人掌さぼてんをもって、全身隙間なくよろいたる一台の植物性大戦車タンク
ほんものの悪性の焔が、ちろちろ顔を出す。かたまった血のような、色をしている。茶褐色である。とげのある毒物の感じである。紅蓮ぐれん、というのは当っていない。もっと凝固して、濃い感じである。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なおその上にいたちさえもくぐれぬようないばらの垣が鋭いとげを広げています。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とげを抜いてくれたのは おまへの心の
優しき歌 Ⅰ・Ⅱ (新字旧仮名) / 立原道造(著)
その干渉の裏にはとげがあった。
はまなすのとげが悲しや美しき
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
三日ぶりで家に帰った彼は、あらびた気持で夕餉の酒を飲んでいた、酔いはなかなか起こらず、疲れた神経はとげとげしくなる許りだった。
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夢の中でも、私は、強情な植物共のつるを引張り、蕁麻いらくさとげに悩まされ、シトロンの針に突かれ、蜂には火の様にされ続ける。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しかしとげのない薔薇はあつても、受苦を伴はない享楽はない。微妙にものを考へると共に、微妙にものを感ずる蘆は即ち微妙に苦しむ蘆である。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もう能登のからだにあった殺意のとげは全部自身の防禦に変っていた。虚勢すら持ちきれない浮き腰な眼くばりなのだ。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また始まった!——というように、栄三郎は顔をしかめて、思わず白い眼にとげを含ませて部屋じゅうをめまわした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
(こいつのつらはまるで黒と白のとげだらけだ。こんなやつに使つかわれるなんて、使われるなんてほんとうにこわい。)
サガレンと八月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
とげ一つ立てないようにしよう。指一本詰めないようにしよう。ほんの些細ささいなことがその日の幸福を左右する。——迷信に近いほどそんなことが思われた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)