抽出ひきだ)” の例文
「今、ちょっと用達ようたしに出かけている。」彼は、そういうと、先へ大急ぎで、二階へ上ると、新子からの手紙を机の抽出ひきだしにかくした。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そっと抽出ひきだしのすみっこの方に押しこめておくことが望ましいのであるが、正直なところそれも何か惜しいような気もするのである。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
先ず庖丁ほうちょうって背の方の首の処をちょいとりまして中へ指を入れて鶏の前胃ぜんい抽出ひきだしました。あの通りスルスルと楽に出ます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
鏡台の抽出ひきだしから腕いっぱいに書類を取り出して、それを他の部屋へ移そうとするのを見て、それはそのままにして置いてもいいと言ったら
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
けい お母さんの写真、タンスの抽出ひきだしに入っているの見たことあるわ。けど、声をきいた憶えもないし、抱いて貰ったこともないらしいわ。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
その辺の机の抽出ひきだしなんか探して見たけれど、ありません。中に何者が潜んでいるにせよ、憲兵さんに立会って貰って、戸を破る外はありませんね
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鍵のかかってる抽出ひきだけて、そこに隠してあったもう一通の方持って来て、無言のままテーブルの上い置きましてん。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから若い男はそっち側にいて、抽出ひきだしの縁で煙草の灰を落していたんです。そして三番目の奴は、その辺をいったり来たりしていたんでしょう。
入院患者 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
第一に博士の一九二〇年代に適するようにクリスト教旧神学中より抽出ひきだされました簡潔の神学はただこのことばだけで見ますればこれいかにも適当であります。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ぶんだけは、鰐皮わにがは大分だいぶふくらんだのを、自分じぶん晝夜帶ちうやおびから抽出ひきだして、袱紗包ふくさづつみと一所いつしよ信玄袋しんげんぶくろ差添さしそへて
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
人の居ない頃を見計みはからって、絵や何かを見まわる振りをしながら方々を探しておりますと、案の定和尚様のお部屋の本箱の抽出ひきだしから縁起の書附けを見付け出しました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかも古風な四角な箱形のもので、下に抽出ひきだしがあって、その中に燈心が入っていたと思う。
追憶の冬夜 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし何様あってもこのままに帰ったのでは何の役にも立たぬ。これでは何様あっても帰れぬのである。ごけの中に苧は一杯あるのだが、抽出ひきだして宜い糸口が得られぬ苦みである。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それから、机の抽出ひきだしをあけ、チョコレートを出してかじった。ベッドに腰をかけた。
ロンリー・マン (新字新仮名) / 山川方夫(著)
めたん子は父造平よりも、兄のたけしを怖がつてゐた、かれとは三つ違ひで、めたん子とほぼ同じ通りみちを歩いてゐるからだ、たけしの机の抽出ひきだしにはたくさんの女の顏があつた。
めたん子伝 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
「おとう、あの仏壇ぶつだん抽出ひきだしに、県庁からもろうた褒美ほうびがあるね?」と尋ねました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
「いや、まだたくさんあったはずや。あの抽出ひきだし見たか」信子は見たと言った。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
入り口の二帖も奥の六帖も常に片づいていて、よけいな物は一つも見あたらなかった。茶箪笥ちゃだんすが一つとちゃぶ台。それから仕事をする頑丈な台と、道具や地金を入れる、抽出ひきだし付きの箱。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ズルズルと抽出ひきだしたのは、かえるを呑んだへびのように、恐ろしくふくらんだ胴巻。
その間に、棚や、戸棚や抽出ひきだしから、調理に使いそうな道具と、薬味容やくみいれを、おずおず運び出しては台俎板の上に並べていたお千代は、並び終えても動かない料理教師の姿に少し不安になった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ジルノルマン伯母は机の所へ行って、その抽出ひきだしをあけた。
「めがねはずすときに、置場決めておかないからよ。茶の間ならテレビの上とか、書斎なら机の上でなく、抽出ひきだしの中とか、洗面所なら鏡の前じゃなく、いっそのことお風呂のふたの上だとか。そしたらさわぐことないのよ」
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
何番目の抽出ひきだしにあつた奴か
ハハア平生へいぜいは四角に小さくなっていて大勢の時にはこう長く抽出ひきだせるのだな、これは非常に便利だ。今にお登和嬢と結婚したら早速こういう物を
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「ねえ。お前が働くということ、圭子は知っているかい?」茶箪笥ちゃだんす抽出ひきだしから、手提金庫を取り出して、さっきのお金をしまい込みながら、母が新子に云った。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と、彼女は立って、箪笥たんす抽出ひきだしから、たとうに包まった幾組かの夫の衣類を取り出すのであった。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「はい、」と背後うしろむきに、戸棚へ立った時は、目を圧えた手を離して、すらりとなったが、半紙を抽出ひきだして、立返る頭髪かみおもそうに褄さきの運びとともに、またうなだれて、堪兼ねた涙が
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ズルズルと抽出ひきだしたのは、蛙を呑んだ蛇のやうに、恐ろしくふくらんだ胴卷。
机の抽出ひきだしから白い手があらわれてオイデオイデをしたの、ピストルが自分の方を向いてズドンといったの……というような奇怪現象が、科学文化のマン中に引っ切りなしに起って来るのは
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その紙片を破らずに自分の机の抽出ひきだしのずっと奥の方にしまってしまった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
形見の品を整理しようと思って土蔵の中の小袖箪笥こそでだんす抽出ひきだしを改めていると、祖母の手蹟しゅせきらしい書類にまじって、ついぞ見たことのない古い書付けや文反古ふみほぐが出て来た。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
肉の上へは大匙一杯の西洋酢をかけて大匙二杯のバターを載せてテンピへ入れますが、五分間ごとに抽出ひきだしてテンパンの中のジュースを肉の上へかけなければなりません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そこの壁にとりつけた電燈ライトだけを、ポッと灯して、大きいライチング・デスクの前に立つと、乱暴に電気スタンドの鎖を引いてから、まず真中の抽出ひきだしを、タップリと開けた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その紙片を破らずに自分の机の抽出ひきだしのずっと奥の方にしまってしまった。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
鏡台の抽出ひきだしの、底に敷いてある新聞紙の下へ入れようとすると、何かががさがさと手に触った。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただし十分間ごとにテンパンを抽出ひきだして肉より出たる汁を匙にてすくい取り肉の上へ掛くべし。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
もっとも夫は人の手紙をぬすみ読みするような人間と違いますよって、それは安心してましたけど、そいでも前には読んでしもたら急いで箪笥たんす抽出ひきだしい入れてかぎかけといたんですのんに。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
御殿女中が花見にでも行くようにこう云うものをぎ出しの提げ重の抽出ひきだしへ入れて、飲み物から摘まみ物までわざわざ京都から運んで来るのでは、茶屋に取っても有り難くない客であろうが
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
にわかに「帰りはりましたで」と下から知らしますのんで、足袋箪笥たんす抽出ひきだしいしもて降りて行きますと、「どうしたんや、さっきの電話のことは?」と、出会いがしらにすぐそないいうのんです。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)