後向うしろむき)” の例文
彼は立てるままに目をみはりつ。されど、その影は後向うしろむきに居て動かんともず。満枝はいまだ往かざるか、と貫一は覚えず高く舌打したり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と云ふ英也にも口が利かれなくて、唯お辞儀をしただけで鏡子は花壇の傍へ走つて行つて、二人には後向うしろむきになつて葉鶏頭の先を指で叩いて居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と口のゆがんだ神さんが、後向うしろむきになって盆をきながら云った。後向きだから、どんな顔つきをしているか見えない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人気ひとけないのを見すまして、だんだんと事務室の方へ……。やがて硝子戸ガラスどしに、三吉少年が後向うしろむきになって、地図を案じているのが、ハッキリ解った。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かれにはつていて與吉よきちた。與吉よきち横頬よこほゝいんした火傷やけどかれ惑亂わくらんしたこゝろさわがせた。勘次かんじまたそばつぶつて後向うしろむきつて卯平うへいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
綾子は後向うしろむきにて顔は見えず、片手を卓子テエブルに、片手を膝に、端然ちゃんと澄まして、敵の天窓あたま瞰下みおろしたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
針ほども心に面白き所あらば命さえくれてやる珠運も、何の操なきおのれに未練残すべき、その生白なましらけたる素首そっくびみるけがらわしと身動きあらく後向うしろむきになれば、よゝと泣声して
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
九蔵の久吉、浅黄あさぎのこくもちに白のおひずる、濃浅黄のやつし頭巾ずきんかぶり、浅黄の手甲てっこう脚半きゃはんにてせり上げの間後向うしろむきにしやがみ、楼門の柱に「石川や」の歌をかき居る。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
さては神様が我身を見殺しにする思召おぼしめしか、情ないと思って居りますと、親熊がしきりにお町の前へ来て、後向うしろむきに脊中を出して居ります。お町も始めの内は心付きませぬが
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
わざとらしく境のふすまが明け放しになっていて、長火鉢や箪笥たんす縁起棚えんぎだななどのある八畳から手水場ちょうずば開戸ひらきどまで見通される台処で、おかみさんはたった一人後向うしろむきになって米をいでいた。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ついでに狐退治の極意を披露すると、田舎の一軒屋などでは、夜が更けると狐がとん/\とを叩いて悪戯いたづらをする事がある。その時狐は後向うしろむきになつて持前の太い尻尾でさはつてゐるのだ。
後向うしろむきだったから、顔は分らなかったが、根下ねさがりの銀杏返いちょうがえしで、黒縮緬くろちりめんだか何だかの小さな紋の附いた羽織を着て、ベタリと坐ってる後姿が何となく好かったが、私がお神さんと物を言ってる間
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
けれども十分とは自分をまたさなかった、彼のたちあがるや病人のごとく、何となく力なげであったが、ったと思うとそのままくるりと後向うしろむきになって、砂山のがけに面と向き、右の手で其ふもとを掘りはじめた。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
嫂はこう云って小さい袋からくしやなにか這入はいっている更紗さらさ畳紙たとうを出し始めた。彼女は後向うしろむきになって蝋燭を一つ占領して鏡台に向いつつ何かやっていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
へびきれえだと、さうだえけ姿なりしてあばさけたこといふなえ、らなんざへびでも毛蟲けむしでも可怖おつかねえなんちやねえだから、かうえゝか、うだぞ」といひながらぢいさんは後向うしろむきつて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あくる日表の格子戸をのぞいて、下駄箱げたばこの上に載せた万年青おもとの鉢が後向うしろむきにしてあれば、これは誰もいないという合図なので、大びらに這入はいるが、そうでない時はそっと通り過ぎてしまう。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
路端みちばたの芋大根の畑を隔てた、線路の下を抜ける処は、物凄ものすごい渦を巻いて、下田圃へ落ちかかる……線路の上には、ばらばらと人立ひとだちがして、あかるい雲の下に、海の方へ後向うしろむきに、一筆画ひとふでがきの墨絵で突立つッたつ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
にいさんはいま一寸ちよいと」と後向うしろむきまゝこたへて、御米およね矢張やは戸棚とだななかさがしてゐる。やがてぱたりとめて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
初めは何か子供の悪戯いたずらだろうくらいにして、別に気にもかけなかったが、段々だんだん悪戯いたずらこうじて、来客の下駄やからかさがなくなる、主人が役所へ出懸でかけに机の上へ紙入かみいれを置いて、後向うしろむきに洋服を着ている
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大分だいぶにぎやかな様ですね。何か面白い事がありますか」と云つて、ぐるりと後向うしろむきに縁側へ腰を掛けた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
といったばかりできまりが悪そうに、くるりと後向うしろむきになった。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二三年前宝生ほうしょうの舞台で高砂たかさごを見た事がある。その時これはうつくしい活人画かつじんがだと思った。ほうきかついだ爺さんが橋懸はしがかりを五六歩来て、そろりと後向うしろむきになって、婆さんと向い合う。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
といつたばかりできまりわるさうに、くるりと後向うしろむきになつた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と、黒い頭の一つが怒鳴どなった。後向うしろむきだから顔は見えない。すると
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)