小波さざなみ)” の例文
小波さざなみの上を吹く風の音さえきこえそうに静かな海だった。夜になると、この辺の船は、洋灯をつけていたが、いまもそうなのだろうか。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
小波さざなみ一つ立っていなかった。じっとみつめていると、伝説にある龍がその底にいて、落ちて来る私を待ち構えているように思われた。
まだ五月雨さみだれぞらの定まりきれないせいか、今朝も琵琶湖びわこ模糊もことして、降りみ降らずみの霧と小波さざなみに、視界のものはただ真っ白だった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松とすすきで取廻し、大根畠を小高く見せた周囲五町ばかりの大池のみぎわになっていて、緋鯉ひごいの影、真鯉の姿も小波さざなみの立つ中に美しく
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前進ゴー・アヘッド! の号令で内火艇はすぐに動き出した。しかし、とてものろのろした速力だ。湾は鏡のようになめらかで、小波さざなみ一つ立っていない。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
口笛くちぶえきながら、街道かいどうはしりました。そらには、小波さざなみのようなしろくもながれていました。午後ごごになると、うみほうから、かぜきはじめます。
銀河の下の町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこには小松などまばらに生えてたように思う。そのあいだをよく南画などにある一面隙間すきまなく小波さざなみのたった海が流れてゆく。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
漣は早くから小説の筆を絶ち、小波さざなみ伯父さんとなって揮毫きごうとお伽講話とぎばなしに益々活動しているが、今では文壇よりはむしろ通俗教育の人である。
朝の黄金の光がっと射し込み、庭園の桃花は、繚乱りょうらんたり、うぐいす百囀ひゃくてん耳朶じだをくすぐり、かなたには漢水の小波さざなみが朝日を受けて躍っている。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ある女は小波さざなみの立つ泉のほとりに憩い……さながら林泉に喜戯する森の女神ニンフの群れと題する古名画の一幅の前に佇むがごとき思いであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
丁度引汐ひきしお時で、朝凪あさなぎの小波さざなみが、穴の入口に寄せては返す度毎に、中から海草やごもくなどが、少しずつ流れ出していたが、それに混って
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
紅葉こうよう小波さざなみの門人ら折々宴会を催したるところなり。鰻屋うなぎや大和田おおわだまた箱を入れたりしが陸軍の計吏けいりと芸者の無理心中ありしより店をとざしたり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
仕止めたは、正しく古中条流の秘伝、火竜、小波さざなみ、飛電の組太刀と見た。姿こそ下郎なれども尋常のじんではござるまい。仔細しさいお聞かせ下さらぬか
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして先生の顏の平面が急に崩れて、顏面筋が小波さざなみのやうに痙攣けいれんしたかと思ふと、怒りの紅潮がさつと顏中に走つた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
これも傍に立っておまんおまんと呼ぶと、きっと水の面に小波さざなみが起ったといいます。おまんはこの近くに住んでいたなにがしという武士さむらいの女房でありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いそにうちよせてくる小波さざなみに、さぶ/\足を洗はせながら、素足で砂の上を歩くのは、わけてたのしいことでした。
さがしもの (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
けれ共一度寄せた大浪が引く様に高ぶった感情がしずまると渚にたわむれかかる小波さざなみの様に静かに美くしく話す
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
コオスはほんとうに、草花につつまれているのどかさで、小波さざなみひとつなく、目にみえる流れさえない掘割ほりわりでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
○三月、明治座にて「瑞西スイス義民伝」を上演。シルレルの「ウィルヘルム・テル」を巌谷小波さざなみが翻案したるなり。
明治演劇年表 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
紋日々々には訳もなく銀座へ銀座へと押出して来る物欲しげな人波が、西の片側道を小波さざなみ立てて流れて行く。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
恰度これから午後にかけて干潮時と見え、つやのある引潮の小波さざなみが、静かな音を立てて岩の上をさらっていた。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
気を付けて視ると、湖の底に大きな物がしずかに自分の方へ近づき来り、その水上に小波さざなみ立つ。さてはわにの襲来と悟ると同時に犬水中に飛び入り食われて死んだ。
ただぽかんと海面うみづらを見ていると、もう海の小波さざなみのちらつきも段〻と見えなくなって、あまずった空がはじめは少し赤味があったが、ぼうっと薄墨うすずみになってまいりました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
水が泥のように濁ってて、中なぞ何も見えませんが、少時しばらく立って水面を眺めていますと、池の真中ごろの処に小波さざなみが立って、やがてひょっこりと鰐が顔を出しました。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
船は春風の小波さざなみに、なだらかな水みちを残して、チェルノッビヨ Cernobbio、トルノ Torno と、右ひだりに寄り路して、北へ北へと動いてゆく。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
武蔵それを聞いたか聞かぬか黙って口許に笑を浮べながら、矢張り渚の小波さざなみを踏んで歩み近づく。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
まして、この近辺は花柳のちまたでもあるのか知らん、お雪ちゃんがうっとりしている間に、三味線の音締ねじめなどが、小さな宮川の小波さざなみを渡っておとずれようというものです。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
子供たちは、大人の読み古した講談本などを、親にしかられながら、こっそり読んでいた。その頃さかんに出ていた小波さざなみ氏の「世界お伽噺とぎばなし」のようなものも滅多に手に入らなかった。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
んでも非常に静かで、雑林にとりまかれたような池の水の上に、まるで木の葉のそよぐような小波さざなみが立ち、それが池の沖へ向ってちょろちょろ目高めだかのように走ってゆくさまや
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
小波さざなみが立って、その一つ一つの面が、朝日を一つ一つうけて、夜明けらしく、寒々と光っていた。——それが入り乱れて砕け、入り交れて砕ける。その度にキラキラ、と光った。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
岩や岩窟の中へは無数の小波さざなみがすがる手を投げ入れ、又進んでは水のしたたる岩をつかみ、恐しく強い塩の力を持った、すばしこくべこく長い水の指を遠い陸の方へ振っていた。
沼や湖のほとりの海士の家は小波さざなみも立たぬ水の静かさとともに滅入るように淋しいその海士の家の軒端などに、その湖もしくは沼でとれた小海老を乾かしているところがその中に
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
私はたばこに火をつけ、壕の入口まで出て行った。見下す湾には小波さざなみが立ち、つくつく法師があちらでもこちらでも鳴いていた。日ざしは暑かったが、どことなく秋に向う気配があった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
当時は「明治文庫」「新小説」「文芸倶楽部ぶんげいくらぶ」などが並立して露伴ろはん紅葉こうよう美妙斎びみょうさい水蔭すいいん小波さざなみといったような人々がそれぞれの特色をもってプレアデスのごとく輝いていたものである。
読書の今昔 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
岩間を縫ふ小波さざなみの音と間違へてはならないと私は深く注意をしてゐるのだが
川霧はまったく晴れてオールに破れた川面かわもが、小波さざなみをたてて、日にキラキラと光った。モコウは黙々としてオールをあやつり、黙々として四人を川岸にあげ、そして黙々としてこぎ帰った。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
河の小波さざなみが岸にひたひたと音をたてていた。子供は気がぼんやりしてきた。眼にも見ないで草の小さな茎をんでいた。蟋蟀こおろぎが一匹そばで鳴いていた。彼は眠りかかるような気持になった。
夕月は既に落ちて、幾百もの松明たいまつが入江の一方に繪のやうに光つてゐる。耳を澄ますと小波さざなみの音が幽かに聞えたが、空も海も死んだやうに鎭まつてゐる。宮を圍んだ老松は陰氣な影を映してゐる。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
しかしこの悦びとても、瞬間にしてその小波さざなみき去ってしまった。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
幾十百条の銀の小波さざなみに護られて、男女は遙かに遙かに永代の方へ——
かれはまた母親からやさしい温かい血をうけついでいた。幼い時から小波さざなみのおじさんのお伽噺とぎばなしを読み、小説や歌や俳句に若い思いをわかしていた。からだの発達するにつれて、心は燃えたり冷えたりした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
夫人はむづかしい顔付をして、小波さざなみのやうにちらめきはじめた混乱にぼんやりしながら部屋へ戻り、肘掛椅子に深く身を埋めたが、自分はいつたい今迄何事をそんなに緊張してゐたのかしらと思つた。
小さな部屋 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
眠から覚めた素戔嗚は再び体を清むべく、湖のなぎさへ下りて行った。風のぎ尽した湖は、小波さざなみさえ砂をすらなかった。その水が彼の足もとへ、汀に立った彼の顔を、鏡のごとく鮮かに映して見せた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女は、小波さざなみ一つ立たない池の面か何かのように、落着いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
薮かげの、小川か銀か小波さざなみか?
水際みぎはに白き小波さざなみ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
どの小波さざなみ
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
曇天の下の池の面は白く光り、小波さざなみしわをくすぐったげに畳んでいた。右足を左足のうえに軽くのせてから、われは呟く。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
水底のその欠擂鉢、塵芥ちりあくた襤褸切ぼろぎれ、釘のおれなどは不残のこらず形を消して、あおい潮を満々まんまんたたえた溜池ためいけ小波さざなみの上なる家は、掃除をするでもなしに美しい。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこには泉殿いずみどのとよぶ一棟ひとむね水亭すいていがある。いずみてい障子しょうじにはあわい明かりがもれていた。その燈影とうえいは水にうつって、ものしずかな小波さざなみれている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)