家中うちじゅう)” の例文
家中うちじゅう無事か、)といったそうでございますよ。見ると、真暗まっくらな破風のあいから、ぼやけた鼻がのぞいていましょうではございませんか。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家中うちじゅうのものが、そのために不自由をする。あたしゃ、お前さんが気の毒だから、万一の粗相そそうがないように、そういってあげたまでだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
次女は家中うちじゅう一番の不平家である。兄もあれば姉もある。妹もあれば弟もある。有らゆるものを持っているのが却って苦情の種になる。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その時に家中うちじゅうが引っくり返るほど笑い転げていた事を思い出すと、やはりソンナ話を睾丸きんたまの毛を剃り剃り父が話していたのかも知れぬ。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女の結婚が家中うちじゅうの問題になったのもつまりはそのためであった。お重はこの問題についてよくお貞さんをつらまえて離さなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お前は始終わずらってばかりいるのだから、一と月や二た月転地するよりもいっそ家中うちじゅうでもっと空気のいい処へ引越すことにしよう。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
返すのが惜しいのだけどね、でも、お前は帰らなきゃアいけないのよ。お前は家中うちじゅうで一番可愛がられるようにならなきゃアいけませんよ。
祖母はその間にはばかりへゆくふりをして、すっかり家中うちじゅうを見てきた。外に見張みはりが一人いるのが蔵の二階の窓から月の光りで見えた。
家中うちじゅうの男子が現場へはせつけた。相手は一人だけれど飛び道具を持っているので、うかつに近寄れぬ。人々は彼を遠巻きにして騒ぎ立てた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お累が熱湯を浴びましたので、家中うちじゅう大騒ぎで、医者を呼びまして種々いろ/\と手当を致しましたがうしてもいかんもので、火傷やけどあとが出来ました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そうしてそんな荒仕事がどうかするとむしろ彼女に適しているようにすら思われた。養蚕の季節などにも彼女は家中うちじゅうの誰よりも善く働いてみせた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あすこじゃこの頃、家中うちじゅうがトルストイにかぶれているもんだから、こいつにも御大層なピエルと云う名前がついている。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
結い立ての天神髷を振りこわして、白い顔をゆがめて、歯を食いしばって、火焙ひあぶりになって家中うちじゅうを転げ廻って、苦しみもがいている女の姿は……。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
家中うちじゅう、代り番こに、ねず番しとるんじゃ。一朱銀の一つも持ってくるがええ。大根の一本や二本くれてやるけにな。
義民甚兵衛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
二葉亭の家では主人の次には猫が大切だいじにされた。主人の留守に猫に粗糙そそうがあっては大変だといって、家中うちじゅうがどれほど猫を荷厄介にやっかいにして心配したか知れない。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
家中うちじゅうの者の定説では、わたしはたしかに猫のかたきと見られている。わたしはかつて猫を殺したことがある。平常いつも好く猫をつ、ことに彼等の交合の時において甚しい。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
学校の門前もんぜんを車は通り抜けた。そこに傘屋かさやがあった。家中うちじゅうを油紙やしぶ皿や糸や道具などで散らかして、そのまんなかに五十ぐらいの中爺ちゅうおやじがせっせと傘を張っていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
家中うちじゅうに人一人いないのです。——飾ってある家具類や絵は至って平凡な凡俗なものばかりでしたが、私が、例の奇妙な顔を見た窓のついている寝室の中だけは別でした。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
御飯は勿論茶もほしくないです、このままお暇願います、明日はまた早く上りますからといって帰ろうとすると、家中うちじゅうで引留める。民子のお母さんはもうたまらなそうな風で
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
だんだんおにのようなこころになって、いつもこのかたきにして、ったり、たたいたり、家中うちじゅう追廻おいまわしたりするので、かわいそうな小児こどもは、始終しょっちゅうびくびくして、学校がっこうからかえっても
両親は逗子ずしとか箱根はこねとかへ家中うちじゅうのものを連れて行くけれど、自分はその頃から文学とか音楽とかとにかく中学生の身としては監督者の眼を忍ばねばならぬ不正の娯楽にふけりたい必要から
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家中うちじゅうの者が心配して、人目につかないように、江戸のお方や弦之丞様を、大阪から離れたかくへやってあるものを、私が出入りなどすれば、また蜂須賀家の侍がぎつけようも知れないし……。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこからいつもの手で、ひもを伝わって、ましらのごとく忍び込んだ曲者は、ちょうど、目を覚して飛起きた、娘のお琴を一と当て、猿轡さるぐつわを噛ませた上、雁字がんじがらめにして、そのまま家中うちじゅうを捜したのでしょう
「それで家中うちじゅうもうすっかり怖気おぞけふるっておりますので」
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼はこのよいの自分を顧りみて、ほとんど夢中歩行者ソムナンビュリストのような気がした。彼の行為は、目的あてもなく家中うちじゅう彷徨うろつき廻ったと一般であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ一つ、盗まれたものはないかと家中うちじゅうを調べているうちに、押入の隅に祭ってある仏壇らしいものに線香も何も上げてない。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
家中うちじゅう悉皆すっかり片付いて仕舞って、乃公は何処にいていのだか分らない。するとお島が又出て来て、服を着替えさせてくれた。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
次に家中うちじゅうの人々の個別訊問が行われた。主人から召使の末まで、階下の応接室に呼集められ、一人一人質問を受けた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『やあ、それはどうも……。まつたく御同様にひどい目に逢ひましたね。わたくし共なんぞもこの始末です。』と、かれは笑ひながら家中うちじゅうをみまはした。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
今まで、家中うちじゅうで婆やの次に、起きていた新子が、夜更よふかし続きで、つい寝坊になり、この頃では十一時過ぎまで、寝てしまっても、なお頭の重い感じである。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
してみれば、この茄子は、災難よけのお守護まもりだ、と細かに刻んで、家中うちじゅう持っておりましたとこもござります。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何処どこで伺を立てゝも御鬮みくじ判断をして貰っても死霊と生霊いきりょうとの祟りだと云われて見れば、神経だから家中うちじゅうが心配致し、事によったら吉原の花魁が怨んでは居ないか
この三、四日、何だか家中うちじゅう引っ掻き廻されているような、一種の不安が始終頭脳あたまに附きまとうていたが、今夜の女の酒の飲みッぷりなどを見ると、一層不快の念がきざして来た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は是非とも、あらたに二度目の飼犬を置くように主張したが、父は犬を置くと、さかりの時分、他処よその犬までが来て生垣いけがきを破り、庭をあらすからとて、其れなり、家中うちじゅうには犬一匹も置かぬ事となった。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
そんなにして家中うちじゅうが子供を欲しがっておいでになりましたところへ、私というものが出来ましたのですから、そのお喜びはどんなだったでしょう。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
Kは一時二十分だと答えました。やがて洋燈ランプをふっと吹き消す音がして、家中うちじゅうが真暗なうちに、しんと静まりました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを追っかけて取押えるよりも、先ず殿様を介抱しなければならないと云うので、家中うちじゅうは大騒ぎになりました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
肝心のお父さんが家中うちじゅうを呼び寄せるような容態では、まあ、好い塩梅に持ち直すにしろ、万一このまゝいけなくなるようなら尚おのこと、こゝ当分は一頓挫とんざ
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
幸「只今私宅わたくしかたへ強盗が押入りまして、家中うちじゅうに血が垂れて居りますから、すぐに御出張を願います」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
エ、容態ですって? あなた何かお聞込みになったことでもあるんですか。わしの方では容態どころか、全く行衛ゆくえが分らんのです。しかも、家中うちじゅうのものが、あれの外出するのを
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それでも大事にして置かないと、院長は家中うちじゅうの稼ぎ人で、すっかり経済を引受けてるんだわ。お庇様かげさまで一番末の妹の九ツになるのさえ、早や、ちゃんと嫁入支度が出来てるのよ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家中うちじゅうはそれなりしんとして物音を絶やした。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたしも、おかみさんと一緒になって家中うちじゅうを探して見たんですけれども、お菊さんの影も形も見えないんです。
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
赤煉瓦塀あかれんがべいの中へ這入り込んだ……、家中うちじゅうの者がモーターボートで島巡りに出て行くところを今朝けさから見ていたので……そうして縁側の小松の蔭に吊してある
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
水を浴びる音ばかりではない、折々大きな声で相の手を入れている。「いや結構」「どうも良い心持ちだ」「もう一杯」などと家中うちじゅうに響き渡るような声を出す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
からかさをがさりと掛けて、提灯ちょうちんをふっと消す、と蝋燭ろうそくにおいが立って、家中うちじゅう仏壇のかおりがした。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お島め乃公をポチか何かと思って、お膳を投出ほうりだして、御丁寧に悲鳴を揚げた。馬鹿な奴だ。家中うちじゅうの人が井戸がえでも始ったように寄ってたかって来た。茶碗も何も粉微塵こなみじんになって了った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
狭い薄暗い家中うちじゅうが、天井からどこから、自転車のフレームやタイヤで充満していたり、そして、それらの殺風景な家々の間に挟まって、細い格子戸の奥にすすけた御神燈の下った二階家が
白昼夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
暁方あけがたになってお隅がいない処から家中うちじゅう捜しても居ない、六畳の小間が血だらけになっているから掻巻をはねると、富五郎が非業な死にようわきの処に書置が二通あって、これにお隅の名が書いてあるから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それから昨晩、家中うちじゅうの者が一人残らず寝静まってしまいましたのが午前の二時頃の事で御座いましたろうか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)