いか)” の例文
旧字:
その四人の侍が、長方形の箱をかついでいる。と、その後から二人の侍が、一挺のいかめしい駕籠に付き添い、警護するように現われた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その傍に、フロック姿の若林博士が突立っていて、いかめしい制服姿の警部と、セルずくめの優形やさがたの紳士を、正木博士に紹介している。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
丈の高いかし椅子いすが、いかつい背をこちらへ向けて、掛けた人の姿はその蔭にかくれて見えぬ。雪のやうなすそのみゆたかに床にふ。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
兵営のいかめしい鉄門をくぐって、掃除の行きとどいた広庭ひろにわを歩いてゆくと、やがて四角い営舎が幾つもつづいているところへ出た。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
と言って入って来たのは、太刀を横たえ、陣羽織をつけたいかめしい身ごしらえですけれども、歳はまだよほど若いように見えます。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
俯向うつむけて唄うので、うなじいた転軫てんじんかかる手つきは、鬼が角をはじくと言わばいかめしい、むしろ黒猫が居て顔を洗うというのに適する。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が——小六の容子ようすは、そんな思い出ばなしに少しもうち溶けなかった。たえず彼の一挙一動に眼をそそいで、やがて言葉もいかつく
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかめしい石門を潜ってだらしなく迷い込む瞬間から、私も一人の白痴はくちのようにドンヨリしてしまう精神状態が気に入ったり、それに私は
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
今は二十世紀、ここは日本国だけにいかめしい金ピカで無いから、何れも黒のモーニングに中折帽で、扮装いでたち丈では長官も属官も区別はつかぬ。
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
久世氏は、それを取りあげて、だまって読んでいましたが、間もなく投げ出すようにそれをテーブルの上に置くと、いかめしい咳払いをしながら
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と弁護士の方も軽く会釈したが、彼は五十五六の年輩の、こわ口髯くちひげも頭髪も三分通り銀灰色で、骨格のがっちりしたいかつい紳士であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
また、中室との境界さかいには、装飾のないいかめしい石扉いしどが一つあって、かたわらの壁に、古式の旗飾りのついた大きな鍵がぶら下っていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
見かけだけはいかにもいかめしくして、内心ぐにゃぐにゃしている人は、これを下層民の場合でいうと、壁をぶち破ったり、塀を
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
由雄はその時お延から帙入ちついり唐本とうほんを受取って、なぜだか、明詩別裁みんしべっさいといういかめしい字で書いた標題を長らくの間見つめていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老商人はいかつい眼つきで前を見つめながら無言のまま二人の向いに坐って、ときどき不賛成らしく口をもぐ/\させていた。
此方こなたには具足櫃ぐそくびつがあつたり、ゆみ鉄砲抔てつぱうなど立掛たてかけてあつて、ともいかめしき体裁ていさい何所どこたべさせるのか、お長家ながやら、う思ひまして玄関げんくわんかゝ
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
型のくずれた中折を冠り少しひよわな感じのするくびから少しいかった肩のあたり、自分は見ているうちにだんだんこちらの自分を失って行った。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そのいかめしい郡長の令嬢は私たちの「かるた」仲間で脱線的な、活々した娘であることが私たちにはおかしく楽しかった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
人類のうちにおいて、そしておそらく人類以外においても、最もいかめしき者、最も崇高なる者、最も美しき者、みな多少言葉の遊戯をしている。
いかめしいものゝ様に思ふのは、世間知らずの娘時代に多いことで、人の妻となり母と成つた女の眼には、男は怖いものでも厳めしいものでも無く
新らしき婦人の男性観 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
美しい百合のいきどおりは頂点ちょうてんたっし、灼熱しゃくねつ花弁かべんは雪よりもいかめしく、ガドルフはそのりんる音さえいたと思いました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こんなふうにてきぱき言う人が僧形そうぎょういかめしい人であるだけ、若い源氏には恥ずかしくて、望んでいることをなお続けて言うことができなかった。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
牢獄ひとやのような大きな構造かまえの家がいかめしいへいを連ねて、どこの家でも広く取り囲んだ庭には欝蒼うっそうと茂った樹木の間に春は梅、桜、桃、すももが咲きそろって
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
太い古い土台木をまたいで這入ると、広い薄暗い台所の正面に、ぴかぴか、塗りの光る腰の高いかまどが三つ程も火附口を並べていかめしく据えられてある。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それに反して、正面のいかめしい鉄門も、裏口にある二つの潜り門も共に損傷がなく、ぴったりと閉ざされていて、一部にはさびが出ているのを発見した。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
カチェリーナはうれわしげな、とはいえいかつい目つきで夫を見つめていたが、その目からは涙が流れるのであった。
「さうか。」M氏は急に可笑しさが込み上げて来るのを、会社の重役の技倆うでまへで、やつと奥歯の辺で噛み殺した。そしてわざと蟹のやうないかつい顔をした。
茶話:12 初出未詳 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
観音の地内は、仁王門から右へ弁天山へ曲がる角に久米くめ平内へいないいかめしい石像がある(今日でもこれは人の知るところ)。久米は平内妻の姓であるとか。
米国アメリカまで来て、此様こんな御馳走になれやうとは、実に意外ですな。』と髯をひねつていかめしく礼を云ふもあれば
一月一日 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
福地さんと云う、えらい学者の家だと聞いた、隣の方は、広いことは広いが、建物も古く、こっちの家に比べると、けばけばしい所といかめしげな所とがない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
檜木笠をかぶって旅をしておると、その上に霰が降って来る。菅笠すげがさなどよりも一層音が大きくって、いかにもいかめしいパリパリという音がするというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それで政府の方では、貯蓄奨励とか、消費経済の規正とか、いろいろいかめしいお達しを出しておられる。
パーティ物語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そんな空想を描いていたにかかわらず、その家の前まで行って見ると、ず門構えのいかめしいのに圧迫されて、長谷の通りを二度も三度もったり来たりした末に
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、生粋きっすいのドイツ人らが家常茶飯事にまで示す生来の厳格さをもって、彼女はいかめしく言い添えた。
僕に中世紀を思ひ出させるのはいかめしい赤煉瓦あかれんぐわの監獄である。若し看守かんしゆさへゐなければ、馬に乗つたジアン・ダアクの飛び出すのにつても驚かないかも知れない。
都会で (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
此上もなくいかめしく構えた阿星右太五郎は、自分の言葉に感極まって、ポロ/\と泣いて居るのです。
大きなのこぎりだの、いかめしい鉄のつちだの、その他、一度見たものには忘れられないような赤くびた刃物の類が飾ってある壁の側あたりまで行って、おげんはハッとした。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
警部の温顔おんがんにわかいかめしうなりて、この者をも拘引こういんせよとひしめくに、巡査は承りてともかくも警察に来るべし、寒くなきよう支度したくせよなどなお情けらしう注意するなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
西洋の風景画を見るのに、昔のは木を画けば大木のいかめしいところが極めて綿密に写されて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
巍々ぎぎたる高閣雲にそびえ。打ちめぐらしたる石垣いしがきのその正面には。銕門てつもんの柱ふとやかにいかめしきは。いわでもしるき貴顕の住居すまい主人あるじきみといえるは。西南某藩それはんさむらいにして。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
何事をか残員のこりいんと問答せし末、出来いできたりて再び余を従えつ又奥深く進み行き、裏庭とも思わるゝ所に出で、を横切りて長き石廊に登り行詰る所に至ればいかめしき鉄門あり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
口をきくたびに意思の疎通そつうを欠く恐れがあるし、江戸では見かけたこともないいかつい浅黄うらばかりがワイワイくっついているので、小突かれた日にぁ生命があぶない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
結城唐桟とうざんも着心地はよいが、頭が禿げてくると、いつかいかつく見える。亡くなった橘のまどか師が
噺家の着物 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
巡査——巡査も剣を握つていかめしく立つては居るが、流石さすがに心は眠つて居るよ、其間を肩に重き包を引ツ掛けて駆け歩くのが、アヽ実に我等新聞配達人様だ、オイ村井君
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
白塗りで、金の菊の紋がついていて、いかめしいものだったが、木造の二階建に過ぎなかった。三階は料理屋に初めて一軒出来たばかりで、人呼んで単に「三階」と称した。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いかしくも正しきかたちたとふるに物なき姿、いにしへもかくや神さび、神ながら今に古りけむ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
此日頃いかつい偃松の枝や荒い山上の風にのみ撫でられ晒されて、骨の髄までサラサラに荒け切った体には、斯うした溢れるような柔い色彩の感じは、最も懐しい者の一である。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
腰に尺八の伊達だてはなけれど、何とやらいかめしき名の親分が手下てかにつきて、そろひの手ぬぐひ長提燈ながでうちんさいころ振る事おぼえぬうちは素見ひやかし格子先かうしさきに思ひ切つての串談じようだんも言ひがたしとや
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それはたくさんの針のように尖った屋根が、真中に聳え立っている櫓を囲んでいかめしく見えた。エイギュイユ(針)というこの城の名は、きっとこうした形からついたものであろう。
町家が続くあたりに、土蔵くら造りの店構え、家宅を囲む板塀に、忍び返しがいかめしい。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)