出水でみず)” の例文
所々に出水でみずの土手くずれや化けそうな柳の木、その闇の空に燈明とうみょう一点、堂島開地どうじまかいちやぐらが、せめてこの世らしい一ツのまたたきであった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんなおりに、思いがけなく川に出水でみずがあって、徒渉かちわたりがしにくいと、この仙人は手にさげた折畳み式の馬に水を吹きかけます。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
慶応元年六月十五日の夜は、江戸に大風雨おおあらしがあって、深川あたりは高潮たかしおにおそわれた。近在にも出水でみずがみなぎって溺死できし人がたくさん出来た。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わしが、出水でみずの助けに行くべえと、土間で蓑を着ているところへ、いきなりおもて口から顔を出して、おれぁ庄吉だ、お久美を
あの顔 (新字新仮名) / 林不忘(著)
雨上あまあがりの広田圃ひろたんぼを見るような、ふなどじょうの洪水めいたが、そのじめじめとして、陰気な、湿っぽい、ぬるぬるした、不気味さは、大河おおかわ出水でみずすごいにまさる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
別に便たよる所もないから、此の村に元家来の惣助そうすけという者がいるから、それを便って来て、少しは山も田地でんじも持っていたが、四ヶ年あとの出水でみずで押流されて
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ことに山国の出水でみずは、耳をおおい難きほどの疾風迅雷の勢いで出て来ることをも聞いていないではありません。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夫婦も以前は相応な百姓であったが、今から八九年前出水でみずがあって、家も田畑でんちもすっかり流されてしまった。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
京都を立って帰路につくころから、ようやく彼は六月らしい日のめを見たが、今度は諸方に出水でみずのうわさだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
蘿月は何というわけもなく、長吉が出水でみずの中を歩いて病気になったのは故意こいにした事であって、全快するのぞみはもう絶え果てているような実に果敢はかないかんじに打たれた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
御承知でしょうが奥山の出水でみずは馬鹿にはやいものでして、もう境内にさえ水が見え出して参りました。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と自分は、腰のあたりを、物凄ものすごそうにながめた。初さんはごうも感心しない。やっぱりにこにこしている。出水でみずの往来を、通行人が尻をまくって面白そうにわたる時のように見えた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さて聖天しょうてん下の今戸橋いまどばしのところまで来ると、四辺あたりは一面の出水でみずで、最早もはや如何どうすることも出来ない、車屋と思ったが、あたりには、人の影もない、橋の上も一尺ばかり水が出て
今戸狐 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
私の子供の時分にも小さい出水でみずは毎年あった。私自身おぼれかけたこともあり、また休暇に遊びに来た兵隊さんが誤って池にち遂に帽子を発見出来なかったという話もある。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
けわしい海岸の断崖だんがいをがたがた走る軽便鉄道や、出水でみずの跡の心淋うらさびしい水田、松原などを通る電車汽車ののろいのにじれじれしながら、手繰たぐりつけるように家へ着いたのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
出水でみずのあと、おせんのためにその住居を直してれたり、仕事場から出る木屑きくずを夜のうちにそっと取っておいて呉れたり、また幸太郎の肌着にと自分の子の物をわけて呉れたり
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
紙入かみいれたゞ一つふところに入れて廊下にさふらふに、此処ここ出水でみずのさまに水きかひ、草履穿ざうりばきの足の踏み入れがたく覚えられさふらひしかば、食堂の上の円きてすり一人ひとりもたれしに、安達氏
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「今日まで帰って来られぬのは、あの出水でみずに無理をなされて、思いがけない——」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
あたかも大変な出水でみずで、いつ五月雨が晴れそうにも見えぬので、どうか晴れてくれればいいと祈る心から、五月雨を降らすその雲を大井川の中へ吹き落としてしまえと言ったのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
だから、釣人は出水でみず後の十日か、一週間が最も大切な時と思はねばならぬ。
水垢を凝視す (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
同時に損害も受ける。何となれば、秋口に洪水が村の一部分を襲うのである。娘っ子が尻をからげて逃げて歩くとはそれを言う。東引佐からは出水でみずの光景が手に取るように見える。高みの見物だ。
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「あとにお尋ねあったときは出水でみず近火ちかびのあった折、そちの屋敷にとどめてくれるようにと、ねもごろなおたのみでございました。その折にいただいた黄金もいまだにたいせつに所持いたしております。」
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まる二日二晩、ぶっ通しに行軍しつづけた軍馬は、途中、強雨や出水でみずにも会い、泥のように疲れて、姫路城の内外にあふれた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「また出水でみずか。うるさいことじゃ。出水のあとは大かた疫病えやみであろう。出水、疫病、それにつづいて盗賊、世がまた昔に戻ったか。太平の春は短いものじゃ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
本式の橋が去年の出水でみずで押し流されたまままだ出来上らないのを、老人はさも会社の怠慢ででもあるようにののしった後で、海へ注ぐ河の出口に、新らしく作られた一構ひとかまえの家をして
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょうど一昨日おとといの夕方でありました、うちの男衆がこの出水でみず雑魚ざこを捕ると申しまして、四手よつでを下ろしておりますと、そこへこの犬が流れついたのでございます、吃驚びっくりしてよく見ると
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「昔からなが雨に出水でみずはないと云うくらいだ、心配するほどのことはないさ」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
本所ほんじょも同じように所々しょしょ出水しゅっすいしたそうで、蘿月らげつはおとよの住む今戸いまと近辺きんぺんはどうであったかと、二、三日過ぎてから、所用の帰りの夕方に見舞に来て見ると、出水でみずの方は無事であった代りに
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちょいとまきを倒したほどの足掛あしかけかかっているが、たださえ落す時分が、今日の出水でみずで、ざあざあ瀬になり、どっとあふれる、根を洗って稲の下から湧立わきたいきおい、飛べる事は飛べるから、先へ飛越えては
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汽車を見て立つや出水でみずの稲を刈る
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「こういうときの用意のため、いつでも水道門の堰さえきれば、間道はおろか裾野すその一円、満々と出水でみずになるようしかけておいた計略ではないか。軍師ぐんしには、なんでおめなさる」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
低い堤は去年の出水でみずに崩れてしまって、その後に手入れをすることもなかったので、水とおかとの間にははっきりした境もなくなったが、そこには秋になると薄や蘆が高く伸びるので
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
主人がまあ遼河りょうがを御覧なさいと云う。馬車を乗りてて河岸かしへ出ると眼いっぱいに見えた。色は出水でみずあとの大川に似ている。灰のように動くものが、空をいきおいで遠くから流れて来る。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
口がえる将来を案じて、出来ることなら流産ながれてしまえばいがと不養生のありたけをして、板の間にじかに坐ったり、出水でみずの時、股のあたりまである泥水の中を歩き廻ったりしたにもかかわらず
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今までの出水でみずもそこだけは防ぎ止め、冬には土を耕し、春には苗代なわしろ種子たねき水を引き、この初夏には、わずかながら新田に青々と稲もそよぎ、麻も麦も一尺の余も伸びていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病んで夢む天の川より出水でみずかな
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
越えておらぬぞ。……義貞は他に急ぎもあるゆえ、出水でみずの大河を、無理と知りつつ越えて来たが、人馬ともに、えらい難儀な目に会うた。くれぐれ、心して渡られよと、告げるがよい
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湊川の出水でみずやら、また墓山はかやまのくずれから、基礎の亀石や壇石だんいしに狂いが生じたりなどして、あと年内の日も、数えられるほどに迫って来たのに、工事はなかなか予定どおりにゆかなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうだ。出水でみずの時の防ぎをやる気ならこんなものは何でもねえ」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年ごとの秋の出水でみずに、この界隈かいわいは、やたらに池や小川ができ、かせぐ親たちから目のかたきにされている子の餓鬼がきたちが、しぎにわなをかけたり、釣をしているかと見れば、疫痢えきりの病人を家にもつ女が
「急がぬと、いたる所で出水でみずはばまれようぞ。早く行け」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——暢気のんきだなあ。稲田の出水でみずを見物に行くなんて」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)