佇立ちょりつ)” の例文
入って見るとさすがに気がとがめた。それで入ったことは入ったが、私はしばらくはあの石の大きな水盤のところで佇立ちょりつしたままでいた。
と叫ぶかん高い声を聞いて、左膳は、何はともあれ脱出するのが目下の急務だから、依然いぜん縁さきに佇立ちょりつする源十郎をしりめにかけて
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
初めてぐううしのうて鰥居無聊かんきょむりょうまたでて遊ばず、ただ門につて佇立ちょりつするのみ。十五こう尽きて遊人ゆうじんようやまれなり。丫鬟あかんを見る。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
たちまち鳥の奇声を聞く。再びげきとして声無し。熱帯の白昼、却つて妖気あり。佇立ちょりつ久しうして覚えず肌に粟を生ず。その故を知らず」云々うんぬん
必ずしも海の入日の前に散り乱るることを期せずとも、自然にそのような情景を催して、旅にみたる者をして佇立ちょりつせしめる。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
陛下のお椅子は、中央の衝立ついたてを後ろにすえられ、左へ寄って、総理大臣が勲記と黒塗の箱とを各受章者へ手渡す一卓をおいて佇立ちょりつするわけ。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現在の銭湯せんとうと同じ構造の浴室に偏体疥癩へんたいかいらいの病人がうずくまり、十二ひとえに身を装うた皇后がその側に佇立ちょりつしている図である。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
教養の蓄積というさもしい性根を、一挙にして打ち砕くようなつよさをもって佇立ちょりつしていた。本来人間はことごとく仏性をもつはずだ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
紫の打紐のついた懐中時計を右のたなごころの上にのせながら、依然としてポンプの如く時間表の前に佇立ちょりつしているのである……
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
青年は、門の前で、ホンの一瞬の間、佇立ちょりつした。美奈子は、やっぱり通りがかりに、一寸ちょっと邸内の容子を軽い好奇心からのぞくのではないかと思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
若僧はもの言いもてなお下手に歩み出づる時、あわただしげにせ来たれる僧徒妙海と妙源とに行きあう。四者佇立ちょりつ
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
尾田はさっきから松林の中に佇立ちょりつしてそれらのを眺めていた。悲しいのか不安なのか恐ろしいのか、彼自身でも識別できぬ異常な心の状態だった。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
するとその眼の底の網膜には、外界との境の壁や窓ガラスを除外して直接表庭の敷石の上に此方を向いて佇立ちょりつする大学生服の男の姿がはっきり映った。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ある者は言った、「佇立ちょりつしてる縦隊である。」また多くの者は言った、「樹木である。」ただその雲はじっと動かないでいることだけは事実であった。
近づくに従って、一隊の警察官が停留場の前に佇立ちょりつしているのを認めた。丁度誰何すいかした警官があったのを幸い、彼を案内に頼んで、その一行に近づいた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ややしばし、佇立ちょりつして心耳を澄ました米友が、釈然として次の如く、高らかにその歌詞と音調とを学びました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私は茫然ぼうぜんとして佇立ちょりつした。なぜ私の家だけが過去の残骸ざんがいのごとくに存在しているのだろう。私は心のうちで、早くそれがくずれてしまえば好いのにと思った。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は懐中電燈を消して、闇の中に佇立ちょりつした。それから、背を丸めて頸を前方へのばし、呼吸いきを殺して聞き耳をてながら、じっと暖炉棚の方をのぞきこんだ。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
この物凄いほどの深夜の寂寞せきばくみつめたまま、私はしばらく佇立ちょりつしていたが、やがて溜息をして再び扉を閉めようとした途端、思わずギョッとして歩を止めた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
端然として佇立ちょりつしたままスラスラと言葉を続けて行った。その青白い瞳で、静かに私を見下しながら……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
はっと両腕で胸を抱き、くびを内側に曲げたまま瞬間花田は佇立ちょりつしたが、そのまま棒を倒すように前にのめりかわらにたおれた。額が土にぶっつかる音が鈍く響いた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その暗き枝を透かして、向うに見える明るき山の色のうるわしさは、この世のものではない。しばら佇立ちょりつしたが、とても短い時間で写せそうもないので割愛して進んだ。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
そばには、やはり三十を越えたばかりと見える洋装の男が、石像のごとく佇立ちょりつして、憐れむように寝台ベッドの男を見つめている。彼もまた極めて立派な容貌の所有者である。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
煙草のけむりが濛々もうもうと部屋に立ちこもり、誰か一こと言い出せば、どっと大勢のひとの笑いの浪が起って、和気あいあいの風景である。高須は、その入口に佇立ちょりつした。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
阿賀妻は、そこに佇立ちょりつして、乗りこんで来る家中のものに一々挨拶あいさつをしていた。最初に邦夷が上って来た。何も云わず目礼して過ぎた。なかには気づかぬものもあった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
さすがの親王もしばらくの間は茫然として佇立ちょりつしておられたが、忽ち悟るところあるが如く、手に持った剣をなげうち、法官に一礼のち、きびすめぐらして自ら裁判所の拘留室へ赴かれた。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
(特務曹長ピストルを擬したるまま呆然ぼうぜんとして佇立ちょりつす。大将ピストルをうばう。)
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
丘の上にはいつの間にやら、清原ノ秀臣が悄然しょうぜんとして佇立ちょりつしている………
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
程経ほどへて僕らは起きた。それからなるべく寒くないように著込んで階段をのぼって行き、東方にむかう窓のところに佇立ちょりつして、いまだ黒く明け切らない、山脈の上の空がほんのりと黄色いのを見ていた。
リギ山上の一夜 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
黒上衣の、白胴衣チョッキの、佇立ちょりつした、密集した、幾段々になった
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
皓々こうこうとした発光体のような、純白な生物が佇立ちょりつしていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
弦之丞も黙然もくねんと、ふたりの見まもる山を見つめている。お綱は何かの感慨にたれて、白雲の流るる行く手に佇立ちょりつした。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして愕然がくぜんとして佇立ちょりつした。一列に並んでいる古い銅像と黒い柱との間に、西壁の阿弥陀が明るく浮き出して、手までもハッキリと見えている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
紅蓮ぐれんの炎のなかに佇立ちょりつする諸々の像が、まさに熱火に崩れ落ちんとして、最後の荘厳を現出したであろう日を思う。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
それは一種陰惨な不動の群れであって、水の流れの中にある石のようにして行ききする人々の間に佇立ちょりつしていた。
貧乏徳利を片手にさげて半ば眼をつぶり、身体ここにあって心は遠く旅しているがごとく、ただボンヤリと佇立ちょりつしているように見えて……そうではない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
妙信と妙海とは、最前より同じき姿を保ちて佇立ちょりつせる妙念の方を顧みつつも、妙源の後につづきて鐘楼を左折し去る。次第に赤き煙、濃くなりまさりて場にみなぎる。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
ギラ・コシサンが初めて此の女をア・バイの裏の炊事場で見た時、彼は茫然として暫く佇立ちょりつした。その女の黒檀彫こくたんぼりの古い神像のような美に打たれたばかりではない。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
帆村は、彼が糸子の傍に佇立ちょりつしていることさえ忘れて、彼のみが知る恐ろしさにただ呆然ぼうぜんとしていた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こう決心してのそのそ御両君の佇立ちょりつしておらるるそば近く歩み寄って見ると、自然両君の談話が耳にる。これは吾輩の罪ではない。先方が話しているのがわるいのだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
シャアは黙って太子に従い、太子もまた黙然と佇立ちょりつして私たちの方に訣別けつべつの眼を向けていられる。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
五郎は肩を落し、三分間ほど曲り角に佇立ちょりつし、街の様子をにらんでいた。昔よく出歩いた街だが、その頃の雰囲気が残っているような、また見覚えのないような感じがする。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その提灯をじろじろと眺め、はっきり開拓使と読み取って、こちらの一団は黙々と佇立ちょりつしていた。阿賀妻が動きださない限り、彼らはいつまでもそうしていたかも知れない。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
両親の居間のふすまをするするあけて、敷居のうえに佇立ちょりつすると、虫眼鏡で新聞の政治面を低く音読している父も、そのかたわらで裁縫さいほうをしている母も、顔つきを変えて立ちあがる。
玩具 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は戸の前にじっと佇立ちょりつしていたが、ふと或る疑念におそわれて、そっと声をかけた。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
彼は、予想以上に立派な邸宅に気圧けおされながら、暫らくはその門前に佇立ちょりつした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
みちのかたわらなる草花はあるいは赤く或は白い。金剛石こんごうせきかた滑石かっせきやわらかである。牧場は緑に海は青い。その牧場にはうるわしき牛佇立ちょりつし羊群ける。その海には青くよそおえる鰯も泳ぎおおいなる鯨もうかぶ。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
文麻呂 (茫然ぼうぜんとして、御所車の前に佇立ちょりつしたまま、動かない)
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
孔明とともに、深苑しんえんの一堂に入られたまま、時経っても、帝のおもどりがないので、門外に佇立ちょりつして、待ちくたびれていた侍従以下の供人たちは
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると驚くべきことに、千手はそのまま翼と化すのだ。翼をひろげた観世音がまさに飛行ひぎょうの姿で佇立ちょりつしている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)