“高久隆古”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
たかくりゅうこ50.0%
たかひさりゆうこ50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
(この画は先年淡島家の売立てに出たので今は誰の所有に帰しているか解らぬ。)椿年歿して後は高久隆古(たかくりゅうこ)に就き、隆古が死んでからは専ら倭絵(やまとえ)の粉本(ふんぽん)について自得し、旁(かたわ)ら容斎(ようさい)の教(おしえ)を受けた。
苾堂は詩を以て梁川星巖(やながはせいがん)、柏木如亭(かしはぎじよてい)及五山と交つた。書は子昂(すがう)を宗(そう)とし江戸の佐野東洲の教を受けたらしい。又畫(ゑ)をも學んで、崋山(くわざん)門下の福田半香、その他勾田臺嶺(まがたたいれい)、高久隆古(たかひさりゆうこ)等と交つた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)