縹渺ひようびよう)” の例文
それは夢の中の記憶のやうに、意識の背後にかくされて居り、縹渺ひようびようとして捉へがたく、そのくせすぐ目の前にも、とらへることができるやうに思はれた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
その老いて若い生命と縹渺ひようびようたる想とをみづからの高い匂にこめて、十月末の静かな日の午過ぎ、そのしろがね色の、またこがね色の小さな数々の香炉によつて燃焼し、燻蒸しようとするのだ。
木犀の香 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
縹渺ひようびようとした伝説の女こそ、今の彼の心を慰める唯一の資格者だ。しかも彼女が飽くまで美しく、魅惑を持つ性格として夢みられ、彼に臨んで来なければ、彼のやうな灰人を動すには足りなかつた。
小町の芍薬 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
打霞うちかすみたる空ながら、月の色の匂滴にほひこぼるるやうにして、微白ほのじろき海は縹渺ひようびようとして限を知らず、たとへば無邪気なる夢を敷けるに似たり。寄せては返す波の音もねむげに怠りて、吹来る風は人を酔はしめんとす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)