犬神人つるめそ)” の例文
これは祇園の犬神人つるめそで、後にはエタとは分派しているけれども、もと沓作りを職としたのを見れば、初めはやはり同じ仲間と解せられる。
特殊部落と寺院 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
彼の祖先はもと鎌倉におって、鶴ヶ岡八幡宮に属して警固掃除等の役をつとめた事、なお京都祇園の犬神人つるめそのような関係のものであったらしい。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
東寺の散所法師や、祇園の犬神人つるめそも下司法師原の徒で、けだし大社大寺には多く付属していたのであろう。
俗法師考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
このほかにも、犬神人つるめそだの、山番やまばん野番のばん番太ばんただのと、種々の賤民もありましたが、大抵はもとは似たもので、それが後にいろいろに分派したものと解せられます。
さればこれを人事について言ってみれば、自山を擁護して破邪折伏の任務に当る祇園の犬神人つるめその如きは、身分は低いがやはり一種の護法と云ってしかるべきものである。
師守記貞治三年六月十四日条に、祇園の犬神人つるめそたる弦差と田楽法師との喧嘩の事を記して
古来最も有名なのは祇園の犬神人つるめそで、彼らはもと沓作りを業としたというが、後にはもっぱら弓弦売として世に知られ、宿しゅくとも唱門師しょうもんじとも呼ばれて、やはり濫僧ろうそうの徒であった
袋中和尚の「泥洹ないおんみち」には、いわゆるエタも非人も、獣医すなわち伯楽も、関守、渡し守、弦差つるさしすなわち犬神人つるめそなどの徒をも、みな一緒にして三家者と云っているのである。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
祇園の犬神人つるめそも唱門師だとの説もあれば、何か久しい由来のあることかもしれぬ。
俗法師考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
本願寺葬儀参列の宝来の事に関連して、前号までに一と通り祇園の犬神人つるめその観察を終った自分は、これに次いでさらに賀茂の葵祭に関連して、「放免」なるものの由来変遷を観察すべき順序となった。
放免考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)