“熊曾(くまそ)” の例文
かれその酣(たけなは)なる時になりて、御懷より劒を出だし、熊曾(くまそ)が衣の矜(くび)九を取りて、劒もちてその胸より刺し通したまふ時に、その弟(おと)建(たける)見畏みて逃げ出でき。
それで筑紫(つくし)の國をシラヒワケといい、豐(とよ)の國をトヨヒワケといい、肥(ひ)の國をタケヒムカヒトヨクジヒネワケといい、熊曾(くまそ)の國をタケヒワケといいます。次に壹岐(いき)の島をお生みになりました。
かれ筑紫の國一五を白日別(しらひわけ)といひ、豐(とよ)の國(くに)を豐日別(とよひわけ)といひ、肥(ひ)の國(くに)を建日向日豐久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)一六といひ、熊曾(くまそ)の國一七を建日別(たけひわけ)といふ。次に伊岐(いき)の島を生みたまひき。またの名は天比登都柱(あめひとつはしら)といふ。