新島にいじま)” の例文
それだからバンギ(肥前ひぜん平島ひらしま)と謂ったり、ヨサイギモン(下甑島しもこしきじま)と謂ったり、ヨウマアサマ(伊豆いず新島にいじま)と謂ったりする。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大正八年三月の『飛騨史壇』、故三嶋正英の『伊豆七島風土細覧』に新島にいじまの乱塔場に新しく鶏を放ち飼った土俗を載せある。
伊豆いず新島にいじまでネリコと謂ったのは、甘藷の粉を米麦飯の中に入れて攪拌したものだということであるが、是はこの島に薩摩芋さつまいもが入ってから後の変化と思う。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
伊豆新島にいじまの話に、正月二十四日は、大島の泉津村利島としま神津島とともに日忌ひいみで、この日海難坊(またカンナンボウシ)が来るといい、夜は門戸を閉じ、ひいらぎまたトベラの枝を入口に挿し
もう一つ、これはやや皮肉な見方だが、麻の衣服は少しく長く持ちすぎる。伊豆の新島にいじまから友人が写してきた写真では、七十二三の老女が嫁入の時にこしらえたという藍無地あいむじ帷子かたびらを着ている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
したがって欧人が何とも要領を得ず、拙作極まる小説としか受け取れぬ諸誕は、ことごとく実在した事歴を述べたものだと論じ居る。新島にいじまの伝説もこの通りで、代官暗殺云々は全く事実であろう。