斉明さいめい)” の例文
斉明さいめい天皇の三年に大海人皇子の妃となり、皇子が東宮の頃はむろん壬申の乱のさ中に在っても、つねに御身近くたすけ、苦難をともにされし方であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
喜田博士は皇后で後天皇になられた御方だとしたから、此処では皇極こうぎょく斉明さいめい)天皇に当らせられる。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
上に言うた通りわが邦でタツというはもと竜巻を指した名らしく外国思想入りて後こそ『書紀』二十六、斉明さいめい天皇元年〈五月さつき庚午かのえうまついたちのひ空中おおぞらのなかにして竜に乗れる者あり、かたち唐人もろこしびとに似たり
岳本天皇は即ち舒明天皇を申奉るのであるが、御製歌には女性らしいところがあるので、左注には後岳本天皇のちのおかもとのすめらみこと即ち斉明さいめい天皇の御製ではなかろうかと疑問を附している。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)