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慈鎮和尚
ふりがな文庫
“慈鎮和尚”の読み方と例文
読み方
割合
じちんかしょう
100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
じちんかしょう
(逆引き)
この時の席次に於ても
慈鎮和尚
(
じちんかしょう
)
(僧正)・菩提山の僧正(信円)何れも一隠遁の平民僧である法然に向って正座を譲られた。
法然行伝
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
(間)私が
比叡山
(
ひえいざん
)
で一生懸命修行しているころであった。
慈鎮和尚
(
じちんかしょう
)
様の
御名代
(
ごみょうだい
)
で宮中に
参内
(
さんだい
)
して天皇の御前で和歌を
詠
(
よ
)
ませられた。その時の題が恋というのだよ。
出家とその弟子
(新字新仮名)
/
倉田百三
(著)
慈鎮和尚(じちんかしょう)の例文をもっと
(2作品)
見る
“慈鎮和尚(
慈円
)”の解説
慈円(じえん、旧字体:慈圓、久寿2年4月15日(1155年5月17日) - 嘉禄元年9月25日(1225年10月28日)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の天台宗の僧、歌人。歴史書『愚管抄』を記したことで知られる。諡号は慈鎮和尚(じちん かしょう)、通称に吉水僧正(よしみず そうじょう)、また『小倉百人一首』では前大僧正慈円(さきの だいそうじょう じえん)と紹介されている。
父は摂政関白・藤原忠通、母は藤原仲光女加賀。摂政関白・九条兼実、太政大臣・藤原兼房は同母兄にあたる。
(出典:Wikipedia)
慈
常用漢字
中学
部首:⼼
13画
鎮
常用漢字
中学
部首:⾦
18画
和
常用漢字
小3
部首:⼝
8画
尚
常用漢字
中学
部首:⼩
8画
“慈鎮”で始まる語句
慈鎮