彰考館しょうこうかん)” の例文
現に水戸の彰考館しょうこうかんに蔵する大日本史の草稿はやはり反古ほごを用いある由、かつて実見せし友人の親しく余に物語りしことである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
彰考館しょうこうかんの修史、弘道館こうどうかんの学問は、諸藩の学風を指導する役目を勤めた。当時における青年で多少なりとも水戸の影響を受けないものはなかったくらいである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たとえば、江戸表の彰考館しょうこうかん——小石川のおやしきの史館しかんなどには、大日本史だいにほんし編纂のお係りとして、当代の学者はほとんど網羅されておるでしょうが、まあ、あの仲間をごらんなさい。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彰考館しょうこうかんの総裁にあげられ、転じて、嫡孫菊千代きくちよ傅役もりやくとなり、ついには江戸家老にまで登ってゆくあいだに、そろそろ紋太夫のうちにふかく流れていたべつな本質もあらわれ出して来た。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彰考館しょうこうかんの修史、弘道館こうどうかんの学問は言うまでもなく、義公、武公、烈公のような人たちが相続いてその家に生まれた点で。御三家ごさんけの一つと言われるほどの親藩でありながら、大義名分を明らかにした点で。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その年、史寮を移して、小石川の邸内のほうへ、新たに「彰考館しょうこうかん」をたてた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)