伽羅沙がらしゃ)” の例文
かの光秀と藤孝とは、共に、信長に仕える前から莫逆ばくぎゃくの友であった。忠興の妻の珠子たまこ伽羅沙がらしゃ夫人)は、光秀のむすめであった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明智氏は亡んだが、桔梗ききょうの根は諸家に分脈されている。そのうちにもたえなるものは、後に伽羅沙がらしゃとよばれた細川忠興夫人である。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三ばんめの娘伽羅沙がらしゃ良人おっと細川忠興ただおきの父——細川藤孝は酔うとよくこのはなしを持ち出して、光秀の苦笑を求めたものだった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
光秀と細川藤孝ほそかわふじたか、その子忠興ただおきとの関係は密接である。藤孝と光秀とは、多年、莫逆ばくぎゃくの友たるのみならず、光秀のむすめの伽羅沙がらしゃは、忠興の妻でもある。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)