“よしとも”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
義朝84.2%
休意5.3%
慶倫5.3%
良知5.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
まず、信頼(のぶより)が分不相応な高い位をのぞむその増長心をあおりたてて、義朝(よしとも)をその味方につけさせた。あの義朝こそ憎い敵なのだ。
会々(たまたま)宗徒の部将有江休意(よしとも)、黒髪赤顔眼光人を射る六尺の長身を躍(おどら)して至った。重矩の従士左右から之に槍を付けようとするのを、重矩斥けて立ち向った。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
元有馬家中の蘆塚(あしづか)忠兵衛年五十六歳、松島半之丞年四十、松倉家中医師有家久意(ありやひさとも)年六十二、相津玄察年三十二、布津の太右衛門年六十五、参謀本部を構成し、益田好次、赤星主膳、有江休意(よしとも)
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
七月三日に松平薩摩守(さつまのかみ)斉彬(なりあきら)家来戸塚静海(とつかせいかい)、松平肥前守斉正(なりまさ)家来伊東玄朴(いとうげんぼく)、松平三河守慶倫(よしとも)家来遠田澄庵(とおだちょうあん)、松平駿河守勝道(かつつね)家来青木春岱(しゅんたい)に奥医師を命じ、二百俵三人扶持を給した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
此書を得た荒川甚作は、明治元年三月病を以て参与の職を辞し、氏名を改めて尾崎良知(よしとも)と云ひ、名古屋に住んでゐたさうである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)