“ひでよし”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
秀吉85.7%
秀義9.5%
秀能4.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
うまくやったのは猿面(さるめん)の秀吉(ひでよし)、山崎の一戦から柴田(しばた)も佐々(さっさ)も滝川(たきがわ)も眼中になく、メキメキ羽振(はぶ)りをあげたが、ずるいやつは徳川家康(とくがわいえやす)だ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さすがは近江(おうみ)源三秀義(ひでよし)の子四郎高綱ほどあって、怒りもするが思い切ったあきらめもする。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次いで藤原清範(きよのり)・藤原隆信・鴨長明・藤原秀能(ひでよし)を加え、源家長が開闔となった。和歌所は後、建仁三年二月に京極殿(東弘御所)に移された。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
家隆や源家長が第一それで、藤原秀能(ひでよし)なども出家して如願(にょがん)といっていた。隠岐島(おきのしま)で『遠島御歌合(えんとうおんうたあわせ)』のお企てのあったときも家隆が万事斡旋(あっせん)して、歌をまとめてお送りしたが、定家は加らなかった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)