“さだのり”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
貞範50.0%
定敬25.0%
貞勝25.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
義詮のそばにいた土岐頼康、細川頼春、仁木義長、義氏、赤松貞範(さだのり)なども、帰国ととなえて、次々と都のそとへ去っていた。——つづいて当(とう)の足利義詮も、陣装して、何の故か
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薩長の真意が慶喜を誅(ちゅう)し、同時に会津の松平容保(かたもり)と桑名の松平定敬(さだのり)とを誅戮(ちゅうりく)するにあることが早く名古屋城に知れ、尾州の御隠居はこの形勢を案じて会桑(かいそう)二藩の引退を勧告するために
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
枕山は筑波山を下って真壁(まかべ)より更に加波雨曳(かばあまびき)の諸山を踰(こ)えて笠間(かさま)の城下に赴いた。笠間の城主はこの時牧野角五郎貞勝(さだのり)である。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)