“こまけ”の漢字の書き方と例文
語句割合
狛家100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「その当時日本へ移住してきた、コクリの王族というのが、あの狛家(こまけ)とも御隠家様ともよぶ屋敷の血筋だということを聞いていたが」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこの、魚見小屋を背なかにして、外に立っていたのは、遂にここまで追いつめられてきた、狛家(こまけ)の息女と小間使いのおりんです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あれはね、たしか高麗村の狛家(こまけ)とかいう家(うち)の娘にちがいないよ。——ああいつか楽屋へやって来たろう、あの次郎という子供の主人さ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間(ま)もあらせず、とうとうたる金鼓(きんこ)や攻め貝もろとも、法師野(ほうしの)の里(さと)へひた押しに寄せてきた伊那丸勢(いなまるぜい)、怒濤(どとう)のごとく、大庄屋(おおしょうや)狛家(こまけ)のまわりをグルッととりかこんだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一たび、めいめい、家へかえった百姓(ひゃくしょう)たちは、取ってかえしに、名主(なぬし)の狛家(こまけ)一族をせんとうとして
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法師野の大庄屋(おおしょうや)狛家(こまけ)の屋敷を横奪(おうだつ)して、わがもの顔にすんでいた和田呂宋兵衛は、腹心の蚕婆(かいこばばあ)や昌仙(しょうせん)をつれて、庭どなりの施無畏寺(せむいじ)へでかけて、三重の多宝塔(たほうとう)へのぼり
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)