饒舌じょうぜつ)” の例文
このお駒ちゃんにだけはこんなに打ちとけて饒舌じょうぜつになるばかりか、親切も親切だし、何かと真剣にためを思う気くばりをみせるのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
饒舌じょうぜつとを以てしたでしょうが、米友には、その持合せがないから、勢い、その分をまで、女の人が受持たねばならなくなる道理です。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
不幸にして露西亜はレーニンの奇蹟的な偉業とアンナ・スラビナの半身不随によって、過去タレルキンの饒舌じょうぜつ、私に遺伝してしまった。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
饒舌じょうぜつよりはむしろ沈黙によって現わされうるものを十七字の幻術によってきわめていきいきと表現しようというのが俳諧の使命である。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は彼の饒舌じょうぜつをうつつに聞いていた。私は別なものを見つめていたのである。燃えるような四つの眼を。青く澄んだ人間の子供の眼を。
猿ヶ島 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私の饒舌じょうぜつに対して終始沈黙を守っている主婦の顔色には、意地悪なところも頑固なところもなく、ただ当惑と羞恥しゅうちの表情しかなかった。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
しかし彼女は、自分の鼻をほとんど気にしていなかった。それくらいのことは、彼女のむことのない饒舌じょうぜつを少しも妨げなかった。
……彼の「あの人」についての饒舌じょうぜつは、私にはなんの関係もない、無縁などこかの女についての噂話うわさばなしとかわるところがなかった。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
客の饒舌じょうぜつに少しばかり飽きてきた伊兵衛は、峠にかかるとまもなく、うしろから来る二人の馬子の(聞えよがしな)たか声に気がついた。
雪の上の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし、その情景をかくも執拗しつように記し続ける作者の意図というのは、けっして、いつもながらの饒舌じょうぜつ癖からばかり発しているのではない。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
義侠の巴山人奮然意を決してまづわれら木曜会の気勢を揚げしめんがためにを投じ美育社なるものを興し月刊雑誌『饒舌じょうぜつ』を発行したり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
他の一方には、饒舌じょうぜつすずめのどを鳴らす山鳩やまばとや美声のつぐみが群がってる古木のある、古い修道院の庭の、日の照り渡った静寂さがたたえていた。
勇少年の饒舌じょうぜつは、まだ続いてゆく。赤星ジュリアは聞き飽きたものかスカートをひるがえして、待たせてあった自動車の方へ歩いていった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
... 相変らず若くてカラリストだ。だが、時々馬鹿に饒舌じょうぜつすぎますな……そして哲学科は……。」私「あれは私の論敵!」叔母さんが窓の方から
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「で、そのペンキ屋がどうしたんだい?」何やらかくべつ不機嫌な様子で、ゾシーモフはナスターシャの饒舌じょうぜつをさえぎった。
口の先きでしゃべる我々はその底力そこぢからのある音声を聞くと、自分の饒舌じょうぜつが如何にも薄ッぺらで目方がないのを恥かしく思った。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
不断講釈めいた談話をもっとも嫌って、そう云う談話の聞き手を求めることはいさぎよしとしない自分が、この青年の為めには饒舌じょうぜつして忌むことを知らない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たゞいたずらに冗漫じょうまん饒舌じょうぜつで、にもつかない事を仰山ぎょうさんにたどたどしく書いて居るとしか思われなかった。オセロに就いても、全く同様の感じがした。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこらあたりから中山は急に饒舌じょうぜつになって、いろんな質問をしたりした。記事につくるための質問であるらしかった。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「どうしても普通の娘ではない。」ある一人の饒舌じょうぜつな女は、モンフェルメイュまで出かけて行き、テナルディエ夫婦と話をして、帰ってきて言った。
あの旺盛おうせいな観念の饒舌じょうぜつや、まわりくどくても的確な行き渡り方を読んでみると、筆記では、もっと整理が出来たにしても反面多くを逃したに相違なく
文字と速力と文学 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いわゆる神気かみけうた女人は、昔も今も常に饒舌じょうぜつで、またしばしば身の恥は省みずに、自分しか知らなかったような神秘なる真実を説こうとしている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「こいつ、自分の勝手なことには、饒舌じょうぜつほしいままにし、奉行の糺問きゅうもんにはおしを装っておる。容易なことでは、泥を吐くまい、拷問ごうもんにかけろ、拷問にかけい!」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
職業の如何いかん、興味の如何に依っては、誠に面白くない駄弁に始って下らない饒舌じょうぜつに終ることだろうと思うのです。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それにともなう空疎くうそ饒舌じょうぜつとは、どこか人をぼうっとさせるような、わきへつれて行くようなものをもっていた。
郊外の、みどりを吹く野の風はお雪を楽しませはしたが、競馬に気の立っている、軽快すぎる男女の饒舌じょうぜつは、お雪をすぐに、気くたびれさせてしまった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そのことごとくが快活な饒舌じょうぜつにみちているにしても、しょせんニーチェが『善悪の彼岸』の中で言ったように、「自己について多く語ることは自己をかくす方便」
馬車の中では、田舎紳士の饒舌じょうぜつが、早くも人々を五年以来の知己ちきにした。しかし、男の子はひとり車体の柱を握って、その生々した眼で野の中を見続けた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
思わず饒舌じょうぜつに、さも悟ったかのように、そういった私は、ここで笑って見せねばならぬ、と知ったが、わずかに片頬かたほほ痙攣けいれんしたようにゆがんだきりであった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
もう私は私の饒舌じょうぜつから沈黙すべき時が来た。若し私のこの感想が読者によって考えられるならば、部分的に於てでなく、全体に於て考えられんことを望む。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
女が饒舌じょうぜつだというのも、一は物事を正視してその大体と中枢とをつかむことが出来ず、枝葉に走って筋の通らぬ感情的な発言をくだくだしく並べるからであり
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そう言うと彼女は急に酒が回ったみたいに、とみに饒舌じょうぜつになって、彼女が舞台をやめた理由を話し出した。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
誰でもそうだが、田口もあすこから出てくると、まるで人が変ったのかと思う程、饒舌じょうぜつになっていた。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
実枝は何の考えもなく、ただべらべらと口を動かしているようなミチの饒舌じょうぜつに、何ということないいらだたしさを感じ、母親ほども年のちがう姉の顔に目をすえた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
何という静かさだ! もしこの饒舌じょうぜつな流れが、ばあさんの会合みたいに、彼一人の耳へ、べちゃくちゃ、こそこそと、きりのないおしゃべりを聞かせさえしなければ……。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
新一は目を丸くして、狂ったような父の饒舌じょうぜつを聴いていた。日頃控え目で黙り屋の父が、こんな誇大妄想狂のような熱弁を振おうとは、全く思いもかけぬことであった。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼等はよるとさわると、鼻をつき合せて、この「加賀の煙管」を材料に得意の饒舌じょうぜつを闘わせた。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼らはその労働を怠ることなくしてはこの老人の饒舌じょうぜつに耳を傾けることができない。そうして父が痛撃しようと欲する過激運動者のごときは一人も目に入らないのである。
蝸牛の角 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
彼の最も愛好する安酒が彼の五官に浸透するにれ、暗鬱な無口が次第に滔々とうとうたる饒舌じょうぜつに変わり、どこかこう、映画俳優の So-jin に似た瑰琦グロな、不敵の、反逆の
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
宗教や芸術や教育について、様々に饒舌じょうぜつする自分の姿に嫌悪けんおを感ぜざるをえない。「愚」でないことが苦痛だ。それともこんなことを言っている僕が、愚にみえるだろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
リストの作曲はルービンシュタインの所論をつまでもなく、きわめて饒舌じょうぜつで表面的で、わけてもピアノ曲は技巧重点主義で、はんに堪えざらんとする者は決して少なくない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
このことは、自然かれをいくらか饒舌じょうぜつにし、一見いかにも快活らしく見せた。しかし、それが見かけだけのものであったことは、かれ自身が一ばんよく知っていたのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「油坊主」「蝉時雨せみしぐれ」——などというような綽名あだなさえ、彼にはあったということであるが、しかし彼の饒舌じょうぜつは、もちろん天性にもあったろうけれども職掌からも来ているらしかった。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ディナーの時になると、ステイヴンスンは階下したに下りて来る。午前中の禁が解かれているので、今度は饒舌じょうぜつである。夜になると、彼は其の日書溜かきためた分を、みんなに読んで聞かせる。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
古人は沈黙を「饒舌じょうぜつな沈黙」と呼んだ。単純に優る複雑があろうか。よき無地には一切の色が包含される。単純には煮つめられた美がある。弱い単純さはない。そこには生命が活々いきいきと躍る。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
多治見たじみにいち早く私たちを出迎えてくれて、それから中津川に着くまでの汽車中を分時ふんじも宣伝の饒舌じょうぜつを絶たなかった、いささかけものへんの恵那峡人Yという、鼻の白くて高い痩せ形の熱狂者が
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
すぐに女王マタ・アリを中心に、色彩的な「饒舌じょうぜつ淫欲いんよく流行ファッション宮廷コウト
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
多弁饒舌じょうぜつなる文芸は他にある、そういう文芸は多弁饒舌を武器とする。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そうして、やかましい饒舌じょうぜつむなしい多言は、幻影を実有のごとくに語るのである。しかし、我々はかかる「出来合できあい」の類概念によって取交される flatus vocis に迷わされてはならぬ。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
この饒舌じょうぜつこらさんとて、学生は物をも言わでこぶしげぬ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)