隠蔽いんぺい)” の例文
旧字:隱蔽
そして詩的精神は隠蔽いんぺいされ、感情は押しつぶされ、詩は全く健全な発育を見ることができなかった。「こうした暗澹あんたんたる事態の下に」
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
もはや、自分の正体を完全に隠蔽いんぺいし得たのではあるまいか、とほっとしかけた矢先に、自分は実に意外にも背後から突き刺されました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かくして諸戸は、第一の殺人罪を隠蔽いんぺいする為に引続いて第二の殺人を犯さねばならなかったと想像することも出来るではないか。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だのにりっぱな道が尽きて磧に下りついたころには、西南から流れる雲が天壇を隠蔽いんぺいして湿った風が狭い谷の中を吹き過ぎるようになった。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
そうしてまだ粉飾や媚態びたいによって自然を隠蔽いんぺいしない生地きじ相貌そうぼうの収集され展観されている場所にしくものはないようである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼の意見によると、もっともおもな原因は、犯罪を隠蔽いんぺいする物質的の不可能性というよりも、むしろ犯罪者自身の中に含まれているのである。
雁は岡田に、外套の下に入れて持たせ、跡の二人が左右に並んで、岡田の体を隠蔽いんぺいして行くが最良の策だと云うのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
けれど下手へた隠蔽いんぺいしておいて後日に分るような場合には、自分の落度とならざるを得ないから、一刻も早く徳島城へ帰って、ありのままに上申し
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
全く異る道徳科学である所有権の理論と、応用科学である産業の理論とを混同して、この問題を隠蔽いんぺいしてはならない。
この種の犯罪者は、常にこの徹底した利己観念のうえに立っていて、そのうえ自己の犯罪能力と隠蔽いんぺいの技巧を信ずることすこぶる厚いのを特徴とする。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ぜんぜん死因を知るによしないものもあり、遺書をのこす場合にも、元来遺書なるものには非常な修飾や誇張や隠蔽いんぺいが行われているのが通例であるから
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
そのとき別の書類が、欄外の鉛筆書きの文字を隠蔽いんぺいしていた。それは偶然か故意か、明らかではない。
断層顔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「事実だ、明らかな事実だ、これは断じて隠蔽いんぺいすべきことではないぞ」と云って兵部は膝を打った。
何故なぜ、楠公の遺品などが世に存在していないかと申すと、楠氏滅亡の後は子孫に至るまで世をはばかる場合が多かったので、楠氏伝来の品などは隠蔽いんぺいしたというような訳で
そしてあらゆる者がその財産を実現しまたはこれを隠蔽いんぺいする最も便利な方法として貴金属を所有せんと望む所の異常の場合を除けば、何らの困惑をも蒙らないであろう。
しかるに、幸運であつた天気が、忽ちにして雲霧となり、下界をば全く隠蔽いんぺいしてしまつた。飆々へうへうとして流れくる雲霧は小粒こつぶ雨滴うてきとなつて車窓の玻璃はりらすやうになつた。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
この事実の隠蔽いんぺいによって、異国係としての兄上の板挟みの苦境が、お判りになりませぬか? 母上のなさるような浅墓な企て、幕府とて、目もあれば、耳もござりますぞ。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ていよき言葉を用いて隠蔽いんぺいし、あん自慢じまんするごとくに聞こゆるでもあろうが、正直に自白すれば、近来になって僕もゲーテを尊崇そんすうするの念が、十年前にくらべて増してきた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
事実を隠蔽いんぺいしてお逢わせしないということもなかろうからという付け加えての言葉であった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ジョンドレットの巣窟そうくつは、ゴルボー屋敷について前に述べておいた所でわかるとおり、凶猛暗黒な行為の場所となり罪悪を隠蔽いんぺいする場所となるのに、いかにもふさわしかった。
長い間の隠蔽いんぺいの苦しみを忍ぶことも、自分に取っては耐えられなくなって来たと書いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
代助は父に対する毎に、父は自己を隠蔽いんぺいする偽君子ぎくんしか、もしくは分別の足らない愚物か、何方どっちかでなくてはならない様な気がした。そうして、そう云う気がするのが厭でならなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はちゃんと居処をしって居る、捜せるならこころみに捜して見るがい、捕縛すると云うなら私の力の有らん限り隠蔽いんぺいして見せよう、出来るだけ摘発して見なさい、何時いつまでたっても無益だ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
巌はだまった、かれの頭にはふしぎな疑惑ぎわくが生じた。これがはたしてぼくの父だろうか。わが身の罪を隠蔽いんぺいするために役場を焼こうとした凶悪な昨夜の行為! それがぼくの父だろうか。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
しかも、亡霊の弟のヴィール氏は、極力この事件を隠蔽いんぺいしようとした。
滝太郎がその可恐おそろしい罪を隠蔽いんぺいしておく、温泉の口のあたりで、精細かたのごときモウセンゴケを見着けた目は、やがてまた自分がそこに出没する時、人目のありやなしやをじっと見定めるまなこであるから
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の存在を隠蔽いんぺいせんがために
象徴の烏賊 (新字旧仮名) / 生田春月(著)
財産隠蔽いんぺいに大骨折りである。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
だが、維新の廃仏騒ぎには、宮司の機転で、宝物の全部を、紅葉谷の校倉あぜくらに深く隠蔽いんぺいして、あの全国的な災害から、危うくのがれたものだとある。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この場合、大胆に曝露することが、いたずらに隠蔽いんぺいするよりも、却って安全であることを、彼はよく知っていたのだ。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「愛」の美名に依って、卑猥感ひわいかん隠蔽いんぺいせんとたくらんでいるのではなかろうかとさえ思われるのである。
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
何か己とあの男と秘密を共有していて、それを同心戮力りくりょくして隠蔽いんぺいしている筈だというような態度を取って来る。そして一日の消遣策しょうけんさくを二つ三つ立てて己の採択に任せる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たとえばまた自分の専攻のテーマに関する瑣末さまつな発見が学界を震駭しんがいさせる大業績に思われたりする。しかし、人が見ればこれらの「須弥山しゅみせん」は一粒の芥子粒けしつぶ隠蔽いんぺいされる。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それどころか、君方は暴力で刑事事件を隠蔽いんぺいしたかどで、法の前に答えなけりゃなりませんぞ。女泥棒の犯行は立派に暴露されてるんだから、わたしはどこまでも追及する。
その罪を隠蔽いんぺいするために重ねて罪を犯す、……初めに犯した罪をつぐなう勇気のない者は、必ず次ぎ次ぎと、段々に重く、大きな罪を重ねてゆく、そこに弱い人間の悲しさがあるんだ
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかも裏といえばきっとなにかきたない物なり悪き物なりを隠蔽いんぺいしてあるものとみなす。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
代助は父に対するごとに、ちゝは自己を隠蔽いんぺいする偽君子ぎくんしか、もしくは分別の足らない愚物ぐぶつか、何方どつちかでなくてはならない様な気がした。さうして、う云ふ気がするのがいやでならなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
実際の戦線を一部切り離してきたように、塹壕ざんごう、鉄条網、砲丸の穿うがった大地穴、機関銃隠蔽いんぺい地物、その他、小丘、立樹、河沼、小独立家屋など、実物どおりにそっくりできあがっている。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そしてこのニヒリスティックな人生観から、社会のあらゆる道義観や風俗に挑戦ちょうせんし、故意に人生の醜悪を描き、人間性の本能を高調し、隠蔽いんぺいされたものを引っぺがし、性の実感的卑猥ひわいを書き散らした。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
やがて裁判長は被告に向かいて二、三の訊問ありけるのち、弁護士は渠のえんすすがんために、滔々とうとう数千言をつらねて、ほとんど余すところあらざりき。裁判長は事実を隠蔽いんぺいせざらんように白糸をさとせり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくして例の事件は、盲点もうてんに巧みに隠蔽いんぺいせられることとなった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
善後の処置は、このうちの主人である私が、どうともするから、あなた方は一応部屋に引取ってくれ、そして、余り騒がない様にしてくれと、主人はあくまで隠蔽いんぺい主義でありました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
色彩と第三の空間次元を取り去ったスクリーンの上の平面影像は、事象により多くの客観性を付与し、そのおかげで、現場では隠蔽いんぺいされるような認識能力の活動を可能にするからである。
ニュース映画と新聞記事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「——医が仁術だなどというのは、金儲かねもうけめあてのやぶ医者、門戸を飾って薬礼稼ぎを専門にする、似而非えせ医者どものたわ言だ、かれらが不当に儲けることを隠蔽いんぺいするために使うたわ言だ」
そこには、彼が剣山で手に入れた秘帖、世阿弥よあみの血書が隠蔽いんぺいしてある。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明智の不自然な顔面隠蔽いんぺいが殊更ら目立たなかったこと、等、等、等。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)