邪慳じゃけん)” の例文
そしてその児が意地の悪いことをしたりする。そんなときふと邪慳じゃけんな娼婦は心に浮かび、たかしたまらない自己嫌厭けんおちるのだった。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「なに、わたしが、そんなことをったものかね、わたしは、したいたばかしなのだよ。」と、おんなは、邪慳じゃけんにいって、相手あいてにしませんでした。
初夏の不思議 (新字新仮名) / 小川未明(著)
孫四郎は邪慳じゃけんにこういい捨てて敷けばかえって冷たそうな板のように重い座ぶとんをドサリとわきへほうりなげ、長煙管ながぎせる雁首がんくび
今この婦人おんな邪慳じゃけんにされては木から落ちた猿同然じゃと、おっかなびっくりで、おずおず控えていたが、いや案ずるよりうむが安い。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
客室へ出る小さな扉が、邪慳じゃけんに外から打ち開かれて、そこから、ここの飛行場旅客係の男の、呶鳴るような声が飛び込んで来た。
旅客機事件 (新字新仮名) / 大庭武年(著)
あなた自身は本当に美しい心をもつてゐらつしやるのですけれどあなたの周囲は何時でもあんまりあなたに邪慳じゃけんすぎたのですね。
同時に自分は「そこに血がある、血がある」といって新聞紙で蔽った血痕を指して云った、自分の声が恐ろしく邪慳じゃけんに自分の耳に響いた。
病中記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
君はもともと、独りきりになったら生きて行けないほどの寂しがり屋のくせに、側に人が来ると、邪慳じゃけんにあっちに行け、と言う。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
上さんは、宿屋の主人がいつでもするように、邪慳じゃけんな顔つきをすぐに和らげた。そして新来の客の方をむさぼるようにながめた。
お玉が逃げ出したと見た捕方が追いかけようとする、真先まっさきの男に飛びついたムクは、咽喉笛のどぶえをグサとくわえて、邪慳じゃけんに横に振る。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それを邪慳じゃけんに突き放すすべもない彼は、いっそ此の家を逃げ出して、どこか静かなところに隠れて思うような絵をかいてみたいとも思ったが
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何を思って吹いたのかと尋ねたら何でもいいと何時になく邪慳じゃけんな返事をした。その日は碌々ろくろく口もきかないでふさぎ込んでいた。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あれが私をほし殺そうと思って邪慳じゃけんな奴でございます、藤原もんな奴ではございませんでしたが、此の頃は馴合なれあいまして私を責め折檻せっかん致します
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
陸軍主計りくぐんしゅけいの軍服を着た牧野は、邪慳じゃけんに犬を足蹴あしげにした。犬は彼が座敷へ通ると、白い背中の毛を逆立さかだてながら、無性むしょうえ立て始めたのだった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
邪慳じゃけんなことを言いなさんな。おれだって、兄貴あっての弟だ。だがネ、兄貴も悪い弟を持ったもんで、ときどき、風邪も引きたくなるだろうな」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「食べんの、いや……」私はおばあさんが私の傍で小さなアルミニウムのお弁当箱をあけようとするのを邪慳じゃけんさえぎった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
扉を邪慳じゃけんに締めるなら締めろ。そんなことは平気だ。窓ガラスを透して、頬髯ほほひげやした貴様の支配人づらが、唇をもぐもぐさせているのを一瞥いちべつする。
と、信一が邪慳じゃけんに襟頸を捕えて、仰向かせて見れば、いつの間にか仙吉は泣く真似をして汚れた顔を筒袖で半分程拭き取ってしまって居る可笑おかしさに
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はその寝癖のついた断髪の後姿からヘンなものを感じて、部屋に這入はいると邪慳じゃけんに薬台の抽斗ひきだしを開け、歯刷子とチューブを掴み出してすぐあとに続いた。
そして何か手伝おうとして、笹村に一ト声邪慳じゃけんに叱り飛ばされて、そのまま手を引っ込めてしまうのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、死闘の場をうかがいながら、半ば失心の体の男の袖を引くと、かの男は邪慳じゃけんに袖を払って、スタスタと出る。
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
至誠はかならず天に通ずる、チビ公の真剣な労働は邪慳じゃけんのお仙のつのをおってしまった、三人は心を一つにして、覚平かくへいが作る豆腐におとらないものを作りあげた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
厚ぼったい刺子は、しぼりにくそうなので、五郎が手伝おうとすると、女は邪慳じゃけんにその手を払いのけた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
私は決して気難しい男ではないが、ただあまり邪慳じゃけんな感じのする女には、ぶつかりたくないと思った。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
自分等の一族のみこの大天災を逃れようとするのはいささか他に対して邪慳じゃけんな振舞いでは無かろうか。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
そんな邪慳じゃけんことばは省三はまだ一度も女から聞いたことはなかった。彼は女はどうかしていると思った。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かつて、貴方があんまり私を邪慳じゃけんにするので、私はこんな詩を雑誌にかいて貴方にむくいた事がある。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「ナニとばかりなら人様しとさまに悪く言われてもいいからもうすこし優しくしてくれるといいんだけれども、邪慳じゃけんで親を親臭いとも思ッていないからにくくッて成りゃアしません」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
とだけいったが、すぐ眼を転じて、わたしを頭の尖から爪尖まで邪慳じゃけん一瞥いちべつで見て取るや、「さよなら」といって、わたしたちの傍は憚るように駆け足ですり抜けた。
美少年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それだのに藻西太郎と云う奴は本統にひどい奴ですよ、うでしょう其泣て居る我が女房を邪慳じゃけんにも突飛つきとばしました、本統に自分のかたきとでも云う様に荒々しく突飛しました
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
よろける奴を邪慳じゃけんにこづきまわした。このとき、度胆どぎもをぬいてくれた松岡はたしかに一歩機先を制していたのだ。もはや相手は彼の云うなりであった。叱咤しったして歩かせた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
お杉は黙って、いかにも邪慳じゃけんに、廊下を去り、二階へあがっていった。部屋はまっ暗になった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかしその眼元はあの無垢むくな光を失って一種鋭どい酷薄な光りを帯びやさしくほころびかかった花のつぼみのようであった唇の辺りには、妙に残忍な邪慳じゃけんな調子が表われているのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そして、手肢てあしをバタバタさせている唖の怪物を、邪慳じゃけんにも、かたわらの叢の中にほうり出した。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
どうぞそう邪慳じゃけんにしないでください。それだけでもう、僕はほんとに仕合せなんです。……
声は笛みたいだけれど、そんなに邪慳じゃけんな性質とも見えぬ。むしろ子供らしい無邪気むじゃきなわがまま者らしく思われる。蘭子は、この様子なら当分ご奉公がつづけられそうに思った。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「放っておいて!」と、新子は肉親らしい遠慮のない邪慳じゃけんさで、姉の手から身を引いた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
手を取り合った暁に邪魔になるのはこの忠的! そこで邪慳じゃけんにおっしゃいましょうねえ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、父が寝巻き姿のまま起き上って来て、母を邪慳じゃけんに部屋の外へ突き出したことをも。でもたまには父は、夜更けた町を大きな声で歌をうたいながら帰って来ることもあった。
(新字新仮名) / 金子ふみ子(著)
将来有為の男児をば無残々々むざむざ浮世の風にさらし、なお一片可憐かれんなりとのこころも浮ばず、ようよう尋ね寄りたる子を追い返すとは、何たる邪慳じゃけん非道ひどうの鬼ぞやと、妾は同情の念みがたく
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
馭者は黙って返事もせず、くつわをとると邪慳じゃけんに馬の首を引っ張って位置をなおした。
黄昏 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
邪慳じゃけんにし、誰もいなくなると、ひしと抱きしめる、女は死んだように深く眠る、女は眠るために生きているのではないかしら、その他、女に就いてのさまざまの観察を、すでに自分は
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もしおれに邪慳じゃけんな女房さえなかったならだ、そいからこの可哀かええそうな子供に邪慳なおっ母さえなかったならばだ、おれあ、先週なんざあ、悪いように祈られたり、目論もくろみの裏をかかれたり
背後を振向いた時には、大きなお尻を振り振り、表口を邪慳じゃけんに開けて出て行く、豚芸者の後姿が見えた。……何という変な芸者だ。そんなに待たせもしないのに……と思っただけであった。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あなたはなんだって、今の場合に、わたしをそう邪慳じゃけんになさいますの?」
三年越し同棲いっしょに成って来たと云うが、苦味走った男振りも、変な話だが、邪慳じゃけんにされる所へ、細君の方が打ち込んで、随分乱暴で、他所目よそめにも非道いと思う事を為るが、何様どうにか治まって来た。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
よし一度は思いあまって邪慳じゃけんな心となった鬼親でござりましょうとも、やはり真底は子どもがかわいいに相違ござりませぬゆえ、もしや置き去りにしたわが子が捨てられたのではなかろうかと
色んな押問答の挙句に、母は私を引きずり起して(私は畳の上をごろごろしてゐた)、縁側まで引立てて行き、そこから私を邪慳じゃけんに突き落した。私は砂地にまばらに生えてゐる芝草の上に落ちた。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
千代之助は娘の膝へ手を掛けて、少し邪慳じゃけんに自分の方へ振り向け乍ら
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「なぜこのごろはそう邪慳じゃけんだろう?」ト頭をうなだれたままで言ッた。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)