やわ)” の例文
軽い寝息、吐いて吸うやわらかな女の寝息、すういすういと竜之助の魂に糸をつけて引いて行くようです。ややあって寝返りの音。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
くびったり、つめを切ったり、細かい面倒を見てくれる若い葉子のやわらかい手触りは、ただそれだけですっかり彼女を幸福にしたものだったが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ちり一つすえずにきちんと掃除そうじが届いていて、三か所に置かれた鉄びんから立つ湯気ゆげで部屋の中はやわらかく暖まっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それがおそろしく変形して厚い多肉部が生じ種子はまったく不熟ふじゅくして、ただ果実の中央にやわらかい黒ずんだ痕跡こんせきを存しているのみですんでいる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「なーに大丈夫。ほらごらん、ここに三つの足跡が、このやわらかい土の上についている。これを一つ調べておこう」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この不自由なのに反して、増減自在でかつ幾日経ってもやわらかなままであるという「脂土」のことを考えると、どうも、その土が至極のものと思われる。
ブラ下げた長い長い二本のなわあしやわらかに空中に波うたして、紙鳶たここころ長閑のどか虚空こくうの海に立泳たちおよぎをして居る。ブーンと云うウナリが、武蔵野一ぱいに響き渡る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それにちげえねえやな。でえいち、ほかにあんなにおいをさせる家業かぎょうが、あるはずはなかろうじゃねえか。雪駄せったかわを、なべるんだ。やわらかにして、はりとおりがよくなるようによ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
どうしたらいいかとおもって、まごまごしていますと、そのうちひかりがさしてきました。ゆきはしだいにやわらかくなって、おとうとは、もう一身動みうごきすることができなくなりました。
白すみれとしいの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
薄いやわらかげな裏の白い、桑のような形にれこみの大きい葉の出ているものがあった。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まるでおこりの発作のような、異常に烈しいふるえかたであった。そうしてやがて、そのふるえが止ったと思うと、女の躯からふいに力がぬけ、全身がやわらかく、溶けてしまいそうになった。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
みちのかたわらなる草花はあるいは赤く或は白い。金剛石こんごうせきかた滑石かっせきやわらかである。牧場は緑に海は青い。その牧場にはうるわしき牛佇立ちょりつし羊群ける。その海には青くよそおえる鰯も泳ぎおおいなる鯨もうかぶ。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
やわらにおとなくそゝいで
わなゝき (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
格別これといって情愛のしるしを見せはしなかったが、始終やわらかい目色で自分たちを見守ってくれていた父のほうだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
長い葉柄ようへいそなえ、葉面ようめん楕円形だえんけい重鋸歯じゅうきょしがあり、葉質ようしつやわらかくてしわがある。四月ごろ花茎かけいが葉よりは高く立ち、茎頂けいちょう繖形さんけいをなして小梗しょうこうある数花が咲く。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
午後ははがきなど書いて、館の表門から陸路停車場に投函とうかんに往った。やわらかな砂地に下駄をみ込んで、あしやさま/″\の水草のしげった入江の仮橋を渡って行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そしてやわらかいパンヤの蒲団ふとんのなかに独り体をうずめていると、疲れた頭脳も落ち着くのだし、衰えた神経の安めにもなるのであったが、彼にはこの醜陋しゅうろうな情痴の世界をこえて
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ありし次第をわが田に水引き水引き申し出づれば、痩せ皺びたる顔に深く長くいたる法令の皺溝すじをひとしお深めて、にったりとゆるやかに笑いたまい、婦女おんなのようにかろやわらかな声小さく
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
古藤ははいって来た時のしかつめらしい様子に引きかえて顔色をやわらがせられていた。葉子は心の中で相変わらずの simpleton だと思った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
このオランダイチゴ、すなわちストローベリの実のうところは、その花托かたくが放大して赤色せきしょくていし味が甘く、においがあってやわらかい肉質をなしている部分である。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
其翌晩、妻が雨戸をしめに行くと、今度は北の戸袋に居た。妻がまたけたゝましく呼んだ。往って繰り残しの雨戸でそっと当って見ると、確にやわらかなものゝ手答てごたえがする。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
父はルムペンかと思うような身装みなりも平気だが、母はやわらかい羽織でも引っかけ、印台の金の指環ゆびわなど指にめて、おまいりでもして歩きたいふうで、家の暮しも小楽らしく何かと取り繕い
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
汽車は徐々に進行をゆるめていた。やや荒れ始めた三十男の皮膚の光沢つやは、神経的な青年の蒼白あおじろい膚の色となって、黒く光ったやわらかいつむりの毛がきわ立って白い額をなでている。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
葉子の口びるは暖かい桃の皮のような定子のほおの膚ざわりにあこがれた。葉子の手はもうめれんすの弾力のあるやわらかい触感を感じていた。葉子のひざはふうわりとした軽い重みを覚えていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして列車が動かなくなった時、葉子はその人のかたわらにでもいるように恍惚うっとりとした顔つきで、思わず知らず左手を上げて——小指をやさしく折り曲げて——やわらかいびんおくをかき上げていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)