見栄みえ)” の例文
旧字:見榮
うごめかす鼻の先に、得意の見栄みえをぴくつかせていたものを、——あれは、ほんの表向で、内実の昨夕ゆうべを見たら、招くすすきむこうなびく。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四十となれば世間的な見栄みえや、かけ引などもあったかも知れぬが、ミネはそれをそっと包んで平凡な女の誇りを持たせようとした。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
今はすっかり気をえて、いずれこの少年が子供を持つと、大概こんな大見栄みえを切るのだろうと、そう思うと何の不平も起らなくなった。
端午節 (新字新仮名) / 魯迅(著)
男の人って、死ぬるきわまで、こんなにもったい振って意義だの何だのにこだわり、見栄みえを張ってうそをついていなければならないのかしら。
おさん (新字新仮名) / 太宰治(著)
と、口説くどいて、秀吉は大声で泣いた。醜態といえば醜態ともいえるくらい、見栄みえも外聞もなく、おいおいと泣くのであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは彼女に残っていた唯一の見栄みえであって、それもきよい見栄だった。彼女は自分のものをすべて売り払って、それで二百フランを得た。
何でこんなに見栄みえをばかり張りたがるのだろうか。もうかなりの年をしていながら父は相も変らぬ怠け者のごろつき仲間でしかないのだ。
それだけ、あたしも、本気になれたんだわ。釣るとか、だますとか、そんな腹は、どつちにもない。恩も義理もない代り、秘密も見栄みえもない。
モノロオグ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
我国で見るような、長くて細い塚は見当らず、また石屋の芸術品である所の見栄みえを張った、差出がましい代物しろものが無いので大いに気持がいい。
都会の婦人に多い見栄みえからでなしに、お三輪はくれられるだけくれて、この池の茶屋に使われている人達をも悦ばせたかった。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
刑部の家臣は人間のうちにこんなに命を惜しがる者がいるのが不思議でたまらなかった。彼らは勇ましく死ぬということが一つの見栄みえであった。
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
万次はことごとくしおれ返っております。これが筋彫すじぼり刺青いれずみなどを見栄みえにして、やくざ者らしく肩肘かたひじを張っていたのが可笑おかしくなるくらいです。
というふみであった。檀紙の上の字も見栄みえをかまわずまじめな書きぶりがしてあるのであるが、それもまた美しく思われた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「そうはいきませんわ。わたしだってこんないんちきな稼業をしていますけれども、木偶人形でくにんぎょうじゃあありませんからね。見栄みえも外聞もありますわ」
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
金を出してもらいに来ながら、下らない見栄みえをすると自分でも思ったけれ共、どんな人間でも持って居る「しゃれ」がそうさせないでは置かなかった。
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
さて、こんな、見栄みえだかさらしだかわからない身上で、わたしはいったいどこへ落着くのだろう。お銀様から、落着くべき絵図面は事細かに書いてもらってある。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
銭はうちの銭だ、盗んだ銭じゃないぞと云うような気位きぐらいで、かえって藩中者の頬冠をして見栄みえをするのを可笑おかしくおもったのは少年の血気、自分ひと自惚うぬぼれて居たのでしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
見栄みえ外聞がいぶんもなく加奈子にまかせ切った様子が不憫で、また深々と抱き寄せる加奈子の鼻に、少し青くさいような、そして羊毛のような、かすかな京子の体臭が匂う。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が、彼はきあきしてくる。ことに、何ひとつ仕止しとめず、見栄みえという支えがなくなると、もうだめだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
俺は何も見栄みえや酔狂で、こんな恰好をしているわけではないのだ。やかましく言うなら、自己保存の本能が、教える知恵……とでも呼ぶべきものの、なせるわざだろう。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
見かけたところ、彼は有利な印象を与えようと腐心して、見栄みえぼうの本性が分別を圧倒したらしい。
口々にめてもらへるものとばかり思ひ込み、この卑しい見栄みえの勉強のための勉強を、それに眠り不足で鼻血の出ることをも勉強家のせゐに帰して、内心で誇つてゐた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
この煙管きせるを手に入れたのは、思えば、ちょっと、自分にはにかむほど昔のことであった。わかい武士の血が、他方では、見栄みえに苦労する伊達者だてしゃとしてあらわれていたのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「日本人の腹切りは見栄みえでやるのか責任を感じてやるのかと、この婦人が訊ねるんですよ」
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ばあやだけ残して抱え全部を懇意な待合の一室に外泊させ、お神も寝ずの番で看護を手伝うのだったが、苛酷かこくな一面には、派手で大業おおぎょう見栄みえっぱりもあり、箱丁はこやを八方へ走らせ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
見栄みえも外聞もなく大声を上げて、やっとかどの救世軍の煉瓦れんが建ての前あたりを歩いているところへ追い着いた時には、どこへ曲ったのか? フッとその姿は消えせてしまいました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
と菊太郎君は異性が側にいると、兎角見栄みえを張って、僕に突っかゝって来る。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ところがブロックにも、少なくともKに対しては見栄みえというものがあった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ゆき子は見栄みえもなく涙が溢れた。辛くて、そこに伊庭の顔を見るのも不愉快であつた。伊庭は手をのばして、ラジオの小箱を引き寄せてスイッチをひねつた。三味線の音色が、さはやかに流れ出した。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
もはや利己心もなく、見栄みえもなく、下心もなかった。魂のあらゆる曇りは、その愛の息吹いぶきに吹き払われてしまった。「愛する、愛する、」——笑みを含み涙に濡れた彼らの眼がそう言っていた。
こう一言ひとこと言ったきり、相変らず夜は縄をない昼は山刈りと土肥作りとに側目わきめも振らない。弟を深田へ縁づけたということをたいへん見栄みえに思ってたあによめは、省作の無分別をひたすら口惜くやしがっている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
人間は非常な不幸におちいっても、極度に見栄みえをはることがあるものです。この男は死を考えました。自殺を考えました。そして、自分自身のために泣いたように思います。——はげしく泣きました。
見栄みえを張ることないじゃないのと波子は言った。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
わたしは、見栄みえも、外聞も、恥も捨てています。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
今はさげすみも、ほこりも、見栄みえもない。
見栄みえも無くほこりも無くて老の春
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そこで、冷かしも、ぜっ返しも気に掛けるいとまなく、見栄みえ糸瓜へちまも棒に振って、いきなり、おはちからしゃくって茶碗へ一杯盛り上げた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父のひとりよがりや、虚栄心きょえいしんや、さもしい見栄みえや、けちな量見りょうけんは、事ごとに濃厚に表われて、いちいち私をくさくささせるばかりであった。
そして真先まっさきに源氏の所へ伺候した。長い旅をして来たせいで、色が黒くなりやつれた伊予の長官は見栄みえも何もなかった。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
見栄みえもなく、むちゅうでさけびながら、まくのすそをくぐッて浜松城はままつじょう剣士けんしたちがいるたまへ四つンばいにげこんだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妻と子のために、また多少は、俗世間への見栄みえのために、何もわからぬながら、ただ懸命に書いて、お金をもらって、いつとは無しに老けてしまった。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかるに、司教がだれかと食事を共にする場合には、無邪気な見栄みえではあるが、卓布の上に六組の銀の食器をすっかり置いておくのが家の習慣となっていた。
また別に初松魚はつがつおなどを珍重して、借金を質に入れてまで馬鹿な金を出して、それを買って食うという様な気風も単に江戸ッ子としての見栄みえから来て居るのではない
最初は気障きざで、見栄みえを張つて居るやうに見えて嫌でしたが、今ではそんな気は少しもしません。何うも見栄ばかりではあんなに根よく本を持ち廻る事は出来ますまい。
芥川の印象 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
旦那の友だちは皆、当時流行の猟虎らっこの帽子をかぶり、ぶりのよい官員や実業家と肩をならべて、権妻ごんさいでもたくわえることを男の見栄みえのように競い合う人たちだからであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
梯子段はしごだんの下に腰を抜かして、見栄みえも色気もなく納戸なんどの前の四畳半を指しているのでした。
この男はる徳川家の藩医の子であるから、親の拝領したあおい紋付もんつきを着て、頭は塾中流行の半髪で太刀作たちづくりの刀をさしてると云う風だから、如何いかにも見栄みえがあって立派な男であるが
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
主人が生前見栄みえを張っていた松の家も、貸金があると思っていた方に逆に借金のあることが解ったり、電話も担保に入っていたりして、皆で勧めた入院の手おくれたなぞけて来た。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
最早もはや娘達に弁解の言葉も尽きた。彼の病的に弱つた神経がだん/\娘達への見栄みえや虚構の力をも失つて行つた。離れ家の方から使ひに来る下婢かひ達の姿にも顔をそむけるやうに彼はなつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
今は見栄みえも外聞もない。主従先をあらそって逃げだした。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)