藁葺わらぶき)” の例文
おもしろいことには東京地方へ旅行すると、農家の大きな藁葺わらぶき屋根の高いむねにオニユリが幾株いくかぶえて花を咲かせている風情ふぜいである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
この不自然さが二峰を人工の庭の山のように見せ、その下のところに在る藁葺わらぶきの草堂諸共もろとも、一幅の絵になって段々近づいて来る。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
砂路の右側には藁葺わらぶきの小さな漁師の家が並び、左側にはおぎや雑木のやぶが続いていた。漁師のうちにはもう起きて火を焚いている処があった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
道筋の藁葺わらぶきの家が並んでいる。それが皆申合せたように屋根という屋根に天辺てっぺんに草を生やし、中には何か花の咲きかけているのもあった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その田川が右へ曲がったところに狭い板を渡して、一軒の藁葺わらぶきの家が見いだされた。周囲は田畑で、となりに遠い一軒家である。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
十月の末から十一月の初めにかけては、もう関東平野に特色の木枯こがらしがそろそろたち始めた。朝ごとの霜は藁葺わらぶきの屋根を白くした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
平次は低い生垣の先の大きい藁葺わらぶきの家を指しました。その家との間の庭は、道もないところに道をつけて、かなり踏み荒されて居るのです。
其時そのとき野々宮さんは廊下へりて、したから自分の部屋ののき見上みあげて、一寸ちよつと見給へ藁葺わらぶきだと云つた。成程めづらしく屋根に瓦をいてなかつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その山はたしか、先刻あなたが通っておいでになった筈ですが、その山に、彼等は、小さな藁葺わらぶきの小屋を建てて住いました。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
境内一面のくすのきの下枝と向い合って、雀の声のやかましい藁葺わらぶき屋根が軒を並べている。御維新以前からのまんまらしい、陰気なジメジメした横町だ。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一晩知らずに眠った家は隣と二軒つづきの藁葺わらぶきの屋根であった。暗くて分らなかった家の周囲まわりもお雪の眼前めのまえひらけた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
材木を地に打ち込んで、横に木の枝を渡したもので、屋根は低く、藁葺わらぶきでした。馬は私に先に入れと合図しました。
藁葺わらぶき屋根の軒の傾いた家で、天床のないむきだしのはりに、まっくろにすすけた縁側も畳も波をうっている、およそ廃屋とでもいいたい感じのものだった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その頃の禅林寺は、本堂の藁葺わらぶきは崩れかかり、鐘楼の鐘は土に置いてあり、ひどく荒れ果てた様子でした。今は住職の努力で立派に再建されています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その頃はまだ仁王門におうもん藁葺わらぶき屋根で、『ぬれて行く人もをかしや雨のはぎ』と云う芭蕉翁ばしょうおうの名高い句碑が萩の中に残っている、いかにも風雅な所でしたから
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
四畳半ぐらいのオンドル附きの部屋が四ッきりの、二間ずつ鍵形かぎがたつらなった低い藁葺わらぶきの家で、建物は至極しごくみすぼらしかったが、屋敷内はかなり広かった。
古い藁葺わらぶき屋根の家を買い求めて、電燈を引き、勝手許かってもとも綺麗にして住むようになったら、急に虫が多くなったので驚いた、今まで絶えなかった燈火の油煙
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その向うのこんもりと茂った常磐木ときわぎの森の中の道を行くと、すぐ眼の前がひらけて、其処に、その森を自然の生垣にした一軒の藁葺わらぶきの農家が、ぽつんと建っていた。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
いくら俳諧師だといって、昼顔の露は吸えず、切ない息をいて、ぐったりした坊さんが、辛うじて……赤住まで来ると、村は山際にあるのですが、藁葺わらぶき小家こやが一つ。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
物凄ものすごいほど水が増して轟々ごうごうと濁水がみなぎり流れておるそのつつみに沢山の家もあることか、小さい藁葺わらぶきの小家が唯二軒あるばかりだというので、その川の壮大な力強い感じと
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
荒神様の横を通りすぎて上をむくと、藁葺わらぶきの小屋がこちらをむいて立っているのが見える。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
庭の向うに、横に長方形に立ててある藁葺わらぶきの家が、建具をことごとくはずして、開け放ってある。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私たちはようやく村境らしいところへはいって来たが、やがて亭主は背戸に柿の木をたくさんに植えた日当りのいい村道らしいものに沿うた一軒の藁葺わらぶき屋根の前で立ち止まると
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
乾き切った藁葺わらぶきの家は、このうえも無い火事の燃料、それにへっついも風呂も藁屑をぼう/\燃すのだからたまらぬ。火事の少ないのがむしろ不思議である。村々字々に消防はあるが、無論間に合う事じゃない。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あゝ、生れた村は藁葺わらぶき荒壁あらかべの沼の中の痩村だけれど、此儘帰れたら如何どんなに嬉しからう! たゞ、しかし、帰つたとて仕方がない。椋助むくすけだの馬鹿だのと人は言ふけれど、ミハイロはく心得てゐる。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
それから左右の家並いえなみを見ると、——これは瓦葺かわらぶき藁葺わらぶきもあるんだが——瓦葺だろうが、藁葺だろうが、そんな差別はない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もう秋風が野に立って、背景をつくった森や藁葺わらぶき屋根や遠い秩父ちちぶの山々があざやかにはっきり見える。豊熟した稲は涼しい風になびきわたった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
何時いつの間にか丹治の体は雛壇の中から出ていた。丹治はふと足を止めた。藁葺わらぶきの家がぐ前にあって人の声が聞えた。
怪人の眼 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
藁葺わらぶき屋根を越してくるわの一劃の密集した屋根が近々と望まれた。日本建ての屋根瓦のごちゃごちゃした上に西洋風の塔が取って付けたようにき立っていた。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ちなみに焼失したる県立高女の廃屋あばらやは純日本建、二階造の四で、市内唯一の藁葺わらぶき屋根として同校の運動場、弓術道場の背後、高き防火壁をめぐらしたる一隅に在り。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
右の方は崩れかかった藁葺わらぶきの農家が二、三軒あるだけで、あとは遠くまで畠や田圃たんぼが続き、処々のあぜには下枝をさすられたはんの木が、ひょろひょろと立っています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
藁葺わらぶき屋根の二重家体にじゅうやたいにて、正面の上のかたに仏壇、その下に板戸の押入れあり。つづいて奥へ出入りの古びたる障子。下のかたは折りまわして古びたる壁、低き竹窓。
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
藁葺わらぶきのしもた家が軒を竝べ、安御家人や、浪人暮しなどの人が、さゝやかな畑を拵へて、胡瓜や南瓜を育てゝゐると言つた、一種變つた風物が特色でもあつたのです。
ここで一片餉ひとかたけありつこうし、煙草銭の工面をつけようと思いました。ところがどうです。——その時分の事で、まだ藁葺わらぶきの古家で、卯の花の咲いた、木戸がありました。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時乳母の家の藁葺わらぶき家根が見えた時のことをおぼろげに記憶している。これが私の記憶している第一のものである。その後乳母に暇をやり、祖母が専ら私を育てたのである。
藁葺わらぶき屋根の古い朽ちかかった茫屋ぼうおくである。二坪の広い土間と四坪半一間の家である。予は炊事道具を揃え玄米を買った。自らかしぐ積りである。夕景玉とその母とが訪ね新香漬を予に贈ると約した。
上は一面の屋根裏で、寒いほど黒くなってる所へ、油煙とともにランプのがあたるから、よく見ていると、藁葺わらぶきの裏側がふるえるように思われた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
門をはいると、庫裡くり藁葺わらぶき屋根と風雨ふううにさらされた黒い窓障子が見えた。本堂の如来にょらい様は黒く光って、木魚もくぎょが赤いメリンスの敷き物の上にのせてある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ながれに添って、かみの方へ三町ばかり、商家あきないやも四五軒、どれも片側の藁葺わらぶきを見て通ると、一軒荒物屋らしいのの、横縁のはじへ、煙草盆を持出して、六十ばかりの親仁おやじが一人。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藁葺わらぶき洒落しやれた門を入つて、右左に咲き過ぎた古木の梅を眺め乍ら、風雅な入口のはんを叩くと
藁葺わらぶきの古びたる二重家體やたい。破れたる壁に舞樂の面などをかけ、正面に紺暖簾のれんの出入口あり。下手しもてに爐を切りて、素燒の土瓶どびんなどかけたり。庭の入口は竹にて編みたる門、外には柳の大樹。
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
私は少し風邪かぜの気味だといって床にいましたが、横目で見上げると、といのない藁葺わらぶき屋根の軒から、大小長短幾つもの垂氷つららの下っているのが、し初めた日に輝いて、それはそれは綺麗です。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その時野々宮さんは廊下へ下りて、下から自分の部屋ののきを見上げて、ちょっと見たまえ、藁葺わらぶきだと言った。なるほど珍しく屋根にかわらを置いてなかった。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
藁葺わらぶき洒落しゃれた門を入って、右左に咲き過ぎた古木の梅を眺めながら、風雅な入口のばんを叩くと
なわての松が高く、蔭が出来てすずしいから、洋傘こうもりを畳んでいて、立場たてばの方を振返ると、農家は、さすがに有りのままで、遠い青田に、俯向うつむいた菅笠すげがさもちらほらあるが、藁葺わらぶきの色とともに
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたしの想像は二十年ぜんわたしの故郷の藁葺わらぶきの田舎わたしを連れて行つた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
古いくすぶり返った藁葺わらぶきあいだを通り抜けていそへ下りると、このへんにこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動いていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
楊弓場ようきゅうばなどのあった時代ですが、一歩裏通りに入ると、藁葺わらぶきのしもた家が軒を並べ、安御家人ごけにんや、隠居屋敷、浪人暮しなどの人が、ささやかな畑をこしらえて、胡瓜きゅうり南瓜かぼちゃを育てているといった
それは往来から山手の方へ三級ばかりに仕切られた石段を登り切った小高い所にある小さい藁葺わらぶきの家であった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「店口には雜物は少ないが、裏は炭も薪もうんとある上、ひさし藁葺わらぶきで燃えがよい。裏の火の手が、先にあがつたから、見る方が一寸誤魔化されたが、その實、裏口は外から閉つて居なかつたのだ——斯う考へられないか。八」