碇泊ていはく)” の例文
文代は隅田川の川口に碇泊ていはくしている、例の怪汽艇の一室にとじこめられていたのだが、次の室で賊の部下達が話しているのを聞いて
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
万寿丸は、室蘭の荷役を早く済まして、碇泊ていはく中そこで船のマストや何かをすっかり塗って、横浜へ帰って正月をする予定であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
あるいは碇泊ていはくしたりあるいは動いたりしているごちゃごちゃとした光景が、からすの群れ飛ぶ港の空気と煙とを通してそこに望まれた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
横浜に碇泊ていはくしていた外国軍艦十六そうが、摂津の天保山沖てんぽうざんおきへ来て投錨とうびょうした中に、イギリス、アメリカと共に、フランスのもあったのである。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
南京ナンキンでは張学良ちょうがくりょうが空軍総司令になった。彼は毎日毎日米国製のカーチス戦闘機に乗って、揚子江ようすこう碇泊ていはくしているわが駆逐艦の上を飛んだ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
××の鎮海湾ちんかいわん碇泊ていはくしたのち煙突えんとつ掃除そうじにはいった機関兵は偶然この下士を発見した。彼は煙突の中に垂れた一すじのくさり縊死いししていた。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
また時には五日七日くらいの碇泊ていはく期間を親子三人凾館はこだてに泊ったり、半月もの滞在となれば部屋を借りたりなどして暮しました。
おるすばん (新字新仮名) / 壺井栄(著)
福山すなわち松前まつまえ往時むかしいし城下に暫時ざんじ碇泊ていはくしけるに、北海道にはめずらしくもさすがは旧城下だけありて白壁しらかべづくりの家などに入る。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
船は荷積をするため二日二晩碇泊ていはくしているので、そのあいだに、わたくしは一人で京都大阪の名所を見歩き、生れて初めての旅行をたのしんだ。
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
午後、港内に碇泊ていはく中の船々に弔旗揚がる。土人の女を妻とし、サメソニの名を以て島民に親しまれていたキャプテン・ハミルトンが死んだのだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
わずかに医師の許容ゆるしを得たる武男は、請うて運送船に便乗し、あたかも大連湾を取って同湾ここ碇泊ていはくせる艦隊に帰り去りぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
富岡達は、安房あんぼうの港へ上陸するのだ。船は、宮の浦の沖へ着いた。海岸は波が荒く、港もないので、沖あひに碇泊ていはくして、小船が、船客を運んだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
わっしたちは見当のつくかぎり、その漁船が碇泊ていはくしていた場所に近いところへもどってきました。濃霧のなかを、数時間もぐるぐる廻ってみました。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
「報告、けふあけがた、セピラの峠の上に敵艦の碇泊ていはくを認めましたので、本艦隊は直ちに出動、撃沈いたしました。わが軍死者なし。報告終りつ。」
烏の北斗七星 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
○○軍港に碇泊ていはくしている軍艦六甲では、秘密艦隊司令官池上少将をはじめ幕僚一同と、塩田大尉や一彦少年の顔も見え、会議がつづけられています。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、船尾の方が、ぐんぐん一方へまわりはじめて、まもなく、船ぜんたいが、錨の方に、まっすぐに向きなおって、碇泊ていはくのすがたになるのである。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
万一また、途中、天候その他の危険をでも予想した場合には、不意に意外のところへ碇泊ていはくしてしまうかも知れない。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
米国の艦隊が港内に碇泊ていはくしているので、驩迎かんげいのため、今日はベースボールがあるはずだから、あるいはそれをに行ってるかも知れないと云う話であった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
技師の家で一泊した翌朝、梶は栖方と技師と高田と四人で丘を降りていったとき、海面に碇泊ていはくしていた潜水艦に直撃を与える練習機を見降ろしながら、技師が
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そしてかれはその港で上陸したが、それはただすぐに踏板ふみいたを渡って、ヴェニスへ出帆するばかりになって碇泊ていはくしている船の、しめったデッキを踏むためであった。
「サルビヤ号は観音岬沖に碇泊ていはくしております。駆逐艦がこれを監視しております」そういう報告をきいて、龍介君はにっこり笑いながら、真先まっさきボートへ乗り移った。
危し‼ 潜水艦の秘密 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
近頃になって始めて聴いたことは、船が港に入って碇泊ていはくする際には、よほど厳重な防備をしないと、陸の鼠が泳いできて、船中で殖えて害をして困ることがある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一九二七年の寒冷なビクトリア港の静かな波間にオランダの汽船が碇泊ていはくすると、南方政府の逮捕命令をうけて上海シャンハイを逃れた陳独秀ちんどくしゅうが船着場に衰えた姿をあらわした。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
庭土を積みこんだ小さな一本マストの帆船が河の流れに碇泊ていはくしていたが、その船室が唯一の役に立つ避難所であった。私たちはそれを利用してその夜を船で過した。
此のお方がまだ芳野へおのりこみにならぬ前、磐城いわきと申す軍艦においであそばし品川に碇泊ていはくなされまする折、和国楼で一夜の愉快をつくされましたときに出たのが花里で
新羅使の一行が、対馬つしま浅茅浦あさじのうら碇泊ていはくした時、順風を得ずして五日間逗留とうりゅうした。諸人の中でなげいて作歌した三首中の一つである。浅茅浦は今俗に大口浦といっている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
訓練ある沈黙と速度のうちに一同がそれに乗り移ると、そのままボウテは漕ぎ出して、碇泊ていはく中の船影のあいだを縫って間もなく沖へ消える。そして暫らく帰ってこない。
今は芝浦に碇泊ていはくしています。んでも荷物の積込みが遅れたとかって船主キーパーの督促で、昨晩日が暮れてから修繕が終ると、そのまま大急ぎで小蒸汽こじょうき曳航えいこうされて出渠しゅっきょしました。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
横浜で屈指といわれる豪商でも、ここぞと思う大商おおあきないをする時は、船の碇泊ていはく期間だけ、目ぼしい外人を生擒いけどっておくため自分の妻、めかけ、娘さえ提供するのがあるというほどに。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清国しんこくの津々浦々からのぼって来る和船帆前船の品川前から大川口へ碇泊ていはくして船頭船子ふなこをお客にしている船乗りの旅宿で、座敷の真中に赤毛布あかげっとを敷いて、けやき岩畳がんじょうな角火鉢を間に
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
船は、島の岸に沿うて、平気で進む。私にも、少しわかって来た。つまり船は、この島の陰のほうに廻って、それから碇泊ていはくするのだろうと思った。そう思ったら、少し安心した。
佐渡 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その船も二、三百トン級の小さな汽船で、花蓮港に碇泊ていはくしてハシケで上陸するのである。
腹のへった話 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
呉淞ウースン碇泊ていはくしている。両岸は目の届く限り平坦へいたんで、どこにも山らしいものは見えない。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
すなわち西洋から薩摩藩に買取かいとった船が二艘あるその二艘の船を談判だんぱんの抵当に取ると云う趣意しゅいで、桜島の側に碇泊ていはくしてあった艘の船を英の軍艦が引張ひっぱって来ると云う手詰てづめの場合になった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
品川の海に浮かんでいるお台場だいばが、一つ二つ三つ、五つ六つ並んで緑色の可愛かわいい置物のようだ。銀座、芝あたりの町は小人島こびとじまのようだし、芝浦の岸壁がんぺき碇泊ていはくしている汽船はまるで玩具おもちゃだ。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
水神の傍の大連湾に碇泊ていはくしていた吾々われわれの艇内では、衣物きものかぶって休んでいた窪田が傍を力漕して通る学習院の艇尾につけた赤い旗をみやりながら、「全く季節が来たな」と久野に話しかけた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
ぽうと云ふ空洞うつろ汽笛きてきの音が響いて、いつの間にか汽船が一艘黒い煙を吐きながら、近くの沖へ来て碇泊ていはくしてゐるのに気がついたが、間もなく漕ぎ寄つた一艘の端艇はしけに、荷物や人を受取つて
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
二月十九日 神戸碇泊ていはく。花隈、吟松亭、関西同人句会に列席。
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
それには小倉表こくらおもて碇泊ていはくする幕府の軍艦をもって江戸へ還御かんぎょのことに決するがいい、当節天下の人心は薄い氷を踏むようなおりからである
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは室蘭むろらん碇泊ていはくしているころからの計画であった。その計画は、サンパンを占領するという点までは、彼の計画どおりに進行したのである。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
全く石川島いしかわじまの工場をうしろにして幾艘となく帆柱を連ねて碇泊ていはくするさまざまな日本風の荷船や西洋形の帆前船ほまえせんを見ればおのずと特種の詩情がもよおされる。
女賊をかくまったあの和船は、夜のうちに枝川から大川へと漕ぎ下り、川口に碇泊ていはくしていたこの本船へ、「黒トカゲ」を乗り移らせたものであろう。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「報告、きょうあけがた、セピラの峠の上に敵艦の碇泊ていはくを認めましたので、本艦隊は直ちに出動、撃沈げきちんいたしました。わが軍死者なし。報告終りっ。」
烏の北斗七星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
横須賀軍港には××の友だちの△△も碇泊ていはくしていた。一万二千噸の△△は××よりも年の若い軍艦だった。彼等は広い海越しに時々声のない話をした。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
軍港はすこしはなれたところにあるが、こっちの港には、大小おびただしい数の汽船が、安心し切ってぎっしりと舷と舷とをよせ合って、碇泊ていはくしている。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
夜の九時まで、この船は種子島に碇泊ていはくしてゐるのださうだ。夜の九時まで、この港から動かないのだと船員から聞いて、富岡は、少々退屈だなと思つた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「たぶん、外国の軍艦でも遭難しているのだろう。いかりのとどくところがあったら、ともかくも、碇泊ていはくしよう」
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
それがやや突飛とっぴな考えであるためか、人が信じないけれども、砂浜をねらって、風が強く吹けば、そこに幾日でも碇泊ていはくするというようにして行けば行けるのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
少なくとも約一二カ月はここに碇泊ていはくしている必要を聞き知っている白雲は、ここでその期間を利用し、行方不明の二人の船族と、それからなお進んでは風景の見学と
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
想像を絶した大暴風雨がまる一昼夜続いた後、前日の夕方迄碇泊ていはくしていた六隻の軍艦の中、大破損を受けながらも兎に角水面に浮んでいたのは、僅か一隻に過ぎなかった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)