滂沱ぼうだ)” の例文
と、今まで毅然きぜんとして立っていた、直也の男性的な顔が、妙にひきつッたかと思うと、彼のあかぐろい頬を、涙が、滂沱ぼうだとして流れ落ちた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「螢狩だ。朝顔日記宿屋の段、以来僕は『一年ひととせ宇治の螢狩に、焦がれめたる恋人と』というところを聴くと、涙滂沱ぼうだたるものがある」
妻の秘密筥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
主税は、間がわるそうにして、そして、いちど拭いた眼には、おさえきれないもののように、また滂沱ぼうだとして涙があふれかけていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若さまは手をついたまま、じっと伯耆守を見上げていた、万感胸をふさいで言句に詰るという態である、双眼からは滂沱ぼうだと涙があふれ落ちた。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
御者は縦横に鞭をふるいて、激しく手綱をい繰れば、馬背の流汗滂沱ぼうだとしてきくすべく、轡頭くつわづらだしたる白泡しろあわ木綿きわたの一袋もありぬべし。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尼は仏壇の方に向き直って、ヒタとたなごころを合せました。滂沱ぼうだと頬に流れるは声のない涙、——それに合せて、どこからともなくすすり泣く声が起ります。
そのとき不思議な事には、あれほどいきれなかった蠅のうなりがピタリと止んでしまい、その蔭から、滂沱ぼうだと現われきたった不安が、彼女を覆い包んでしまった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
下船のとき、ドレゴは滂沱ぼうだたる涙と共に水戸を抱いて泣いた。彼は帰りたくもあったが、しかし水戸を只ひとりで非常な危険へ追いやることの辛さ故に泣いたのであった。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
秀吉は滂沱ぼうだたる涙の中で狂ふが如くに叫んだといふが、肚の中では大明遠征を考へてゐた。
黒田如水 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
在りし日の中尉をしのんで涙滂沱ぼうだたる有様は、ただ我ら万斛ばんこくの悲しみを誘うのみであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
涙管るいかんの関が切れて滂沱ぼうだの観を添うるがためでもない。いたずらに劇烈なるは、壮士が事もなきに剣を舞わしてゆかるようなものである。浅いから動くのである。本郷座の芝居である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吾輩の足下に大波瀾を捲き起して消え失せた友吉親子と、無情つれなく見棄てられた二人の芸妓げいしゃの事を思うと、何ともいえない悽愴たる涙が、滂沱ぼうだとしてとどまるところを知らなかったのだ。……
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あるいは持ち合わせていなくっても、文章の上だけでおくめんもなく滂沱ぼうだの観を呈しえたような心もちがする。その得意になって、泣き落しているところが、はなはだ自分には感心できなかった。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
滂沱ぼうだたる涙にあらはるる身は、さながら一塊の石と化したりきと伝ふ。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
人生に対する悲哀と無常の意識——それはもはや滂沱ぼうだたる涙となって外に流れないけれども、深く深く心のなかに内攻し、その人の世相を眺める目はかぎりなき悲しみを内に秘めているような気持ち
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
平馬は相変らず、滂沱ぼうだたる目で、師匠を見詰めつづける。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
寧子ねねのことばが、余りきっぱりしていたので、老母は驚きの眼をみはり、やがて、その眼から、滂沱ぼうだとして、うれし涙をこぼしてしまった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉は滂沱ぼうだたる涙の中で狂ふが如くに叫んだといふが、肚の中では大明遠征を考へてゐた。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
滂沱ぼうだとして万感初めて到った呉青秀は、長恨悲泣ちょうこんひきゅうついに及ばず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そしてふたたび、書中の文言もんごんを疑うように、まなこをそれへつとめてみたが、疑うべくもない文字の上へ、はや滂沱ぼうだと涙がさきにこぼれていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武松は、亡兄武大ぶだの家へもどり、武大の霊前に、男女二つの首を供えて、滂沱ぼうだとこぼれる涙もぬぐわず、位牌いはいへ向って言っていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だからひとたび、はなしが藤井紋太夫のことにおよぶと、思わず鬢髪びんぱつはそそけだち、悲涙は滂沱ぼうだとしてとどまることを知らない。憤怒の底から
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頼朝は聞いているうちに、滂沱ぼうだと流れる涙をどうしようもなかった。主従の血はこんなにも濃いものだったかと改めて知った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お通には泣かなかった涙を、武蔵は滂沱ぼうだと頬にながして、わが身に、わが心に、わが修行に、万恨の無念を持つのであった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今、松原の洲先すさきから西へゆく帆影を見まもりながら、滂沱ぼうだと流るる涙に顔をまかせ、彼女は小舟のへりに身も世もなかった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつか涙の白いすじが、彼のすさまじい求法ぐほうの一心をいているひとみから溢れて、滂沱ぼうだとして頬にながれ落ちるのであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、兄静山の一語一句、その音声おんじょうまでも、ありありと耳に残っている。われとも知らず泥舟の頬には、滂沱ぼうだたる涙が止まらなかったのである。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滂沱ぼうだと、ふたすじの、白いものが、官兵衛の頬にもながれたとき、少し離れて、街道を見まわしていた渡辺天蔵は
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、口にはださないが、あつ思慕しぼをこめて、ジイッとみつめているうちに、思いもうけぬ邂逅かいこうじょうが、ついには、滂沱ぼうだなみだとなって目にあふれてくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、若い血しおを圧し抑えて、つとめて、つつましやかに云うのであったが、涙は滂沱ぼうだとして、畳をぬらしていた。
敢て信任を加えらるべきをすすいて、先帝玄徳と自分との宿縁、また情誼じょうぎとを顧みて、筆ここにいたるや、紙墨のうえに、忠涙のあと滂沱ぼうだたるものが見られる。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孫権は、おののく手に、印綬をうけながら、片膝を床について、滂沱ぼうだ……ただ滂沱……涙であった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どっちの眼にも滂沱ぼうだたるものがながれた。その涙のなかに信孝は父ききょうの気持をことごとくこの一家臣に語り尽していた。秀吉もその胸のうちを察すればこそであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武士達の中には滂沱ぼうだの涙を拳で払っている者、面伏おもぶせに暗涙をのんでいる者もあった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、していた涙が、滂沱ぼうだとなって、武蔵の姿すら見えなくなってしまったからである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
涙は滂沱ぼうだと血書にこぼれ落ちた。董承は俯し拝んだまましばし面もあげ得なかった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
泣くのをなだめていた彼のほうが、滂沱ぼうだとして、止まらない涙に当惑した。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滂沱ぼうだ、また滂沱、病顔をたるるものは、孔明のうなじを濡らすばかりであった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとみと眸——それはとたんに血縁のつよい情愛をたぎらせあい、たたきもせず、しばらくはお互いが呼吸いきさえもせずにいたが、やがて四郎高綱の眼からも、三郎盛綱の眼からも、滂沱ぼうだとして
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滂沱ぼうだとしてあふれ出る涙に、胸が迫って、すぐに、顔も上げ得なかった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滂沱ぼうだたる涙とともに、手もまたふるえくかのようだった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老先生は、滂沱ぼうだとあふれ出る涙を抑えて
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帝は滂沱ぼうだ御涙おんなみだを頬にながして
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)