みた)” の例文
旧字:滿
彼の心は事業しごとの方へ向いた。その自分の気質に適した努力の中に、何物をもってもみたすことの出来ない心の空虚をみたそうとしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一般の英国人はそれ等の点に仏蘭西フランス人程の興味を持つて居ないらしく、一嗜欲しよくみたせばると云つた風に食事の時間迄が何となくせはしげだ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
しかし目に見えない将来の恐怖ばかりにみたされた女親の狭い胸にはかかる通人つうじんの放任主義は到底れられべきものでない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そしてそれは殆んど空間でみたされているといっていい、つまり物質の容積とか体積とかいうものは、結局はカラである
宇宙爆撃 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
美濃みのの国の竜泰寺りようたいじ一夏いちげみたしめ、此の秋は奥羽のかたに住むとて、旅立ち給ふ。ゆきゆきて下野しもつけの国に入り給ふ。
自己のみたしがたい欲望と美しい花のような世界といかになり行くかを知らぬ自己の将来とを考える時は、いつも暗いわびしいたえがたい心になった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
女のくちびるかたく結ばれ、その眼は重々しく静かにすわり、その姿勢なりはきっと正され、その面は深く沈める必死の勇気にみたされたり。男はしおれきったる様子になりて
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
我々の生活をみたしている無数のつまらぬ出来事を一々列挙するとせば、毎日少くも一巻を要すであろう。
貨幣の不足は紙幣によってもみたされ得ないであろう、けだし貨物としての金の価値を左右するものは紙幣ではなく、紙幣の価値を左右するものは金であるからである。
私は此処まで書きながら、私も母の望みをみたそうと、そんな考えを起した事が一再ならずあったので、この思いたちが突飛とっぴではない、全く無理もないことだと肯定する。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
女は憲一の気もちをこわばらさないようにと勤めているふうであった。憲一もいくらか気もちがほぐれて来た。憲一は思いきってそれを飲んだ。すると少女がすぐあとみたした。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
けれど、栄達と名声と、彼の昨今には、彼をみたすものが充分だった。さらには、尊氏追討のもう一段階もひかえている。彼の失意も空洞うつろとまではならずに忘れかけていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縁の上も、床の前も、机の際も、と見るとかんばしい草と花とでみたされているのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金三郎は娘の顔に母親の昔の俤を見出みいだして、娘の亭主と争ってそれを連れ出し、三十七年前の母親のお染の名を名乗なのらせて小牛田に泊り、その時のみたされない恋の遊戯をそのままくり返したのだろう
今度は比較的量は少なかつたが、それでも両手のあなをほとんどみたした。それでやつと病人は落着いたやうだつた。彼女は洗面台へ手を洗ひに立つた。水の音を聞くと村瀬はむつくりと半身をもたげた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
バナナのエボレットをかざ菓子かし勲章くんしょうを胸にみたせり。
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかし目に見えない将来の恐怖きようふばかりにみたされた女親をんなおやせまい胸にはかゝ通人つうじん放任はうにん主義は到底たうていれられべきものでない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
夫人にはたとい夫があり子供があったとしてもまだ一度も愛の満足を得ていなかったという意味で、結婚したことのない婦人ともいえると説き、彼女のみたされなかったもの
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
鞺々とうとうと流れる渓流にすねを洗われながら、一人の若者が鉤鈎かぎばりをつけた三尺ばかりの棒を巧みにあやつってぴらりぴらりとひらめく山女やまめを引ッかけては、見る見る間に魚籠びくみたしていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
言様いいようのないさびしさと、期望しても期望してもみたされないわびしさがあった。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)