本望ほんもう)” の例文
後日に、徳川家とくがわけの手にたおれるよりは、故主の若君のまえで、報恩の一死をいさぎよくささげたほうが、森子之吉もりねのきち本望ほんもうであったのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうりでただの人ではないとおもいました。わたしは武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいというものです。あなたのようなりっぱな御主人ごしゅじんてば、わたしも本望ほんもうです。」
牛若と弁慶 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
自身にも言い聴かせて「私は何も前の奥さんの後釜あとがまに坐るつもりやあらへん、維康を一人前の男に出世させたら本望ほんもうや」
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
今夜直ぐに一角の隠家へ踏込んで恨みを晴し、本望ほんもうげる積り、なれども女の細腕、し返り討になる様な事があったならば、惣吉が成人の上
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
不幸にして、お豊はあれから息を吹き返した、真三郎は永久に帰らない、死んだ真三郎は本望ほんもうを遂げたが、生きたお豊は、そのたましいの置き場を失うた。
「足しになろうがなるめえがいいやな。おいらはただ、お前のかたきを討ってやりさえすりゃ、それだけで本望ほんもうなんだ」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
でもね、私は悲しいとは思いませんで、そうして本望ほんもうを達した、兄の仕合せが、涙の出る程嬉しかったものですよ。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ハハハハそう云う人がせめて百人もいてくれると、わたしも本望ほんもうだが——随分頓珍漢とんちんかんな事がありますよ。この間なんか妙な男が尋ねて来てね。……」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
古千屋こちやはこの話を耳にすると、「本望ほんもう、本望」と声をあげ、しばらく微笑を浮かべていた。それからいかにも疲れはてたように深い眠りに沈んで行った。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
うみ生活せいかつ戦場せんじょうとするものには、うみうえぬことは、本望ほんもうです。わたしいのちは、うみささげます。どうぞ、祖母そぼ達者たっしゃのうちだけ、わたしいのちたすけてください。
海の踊り (新字新仮名) / 小川未明(著)
そなたはあくまで木石の味方をされるゆえ、わたしは何処までも人情の味方をせずばなるまい。そなたと永劫離れぬ双生像にられるなら、娘もさぞかし本望ほんもうでござろう。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「よし、それで最後の合戦をしよう。武田博士の潜水艦を一隻でも沈めてやれば、僕は本望ほんもうだ。」
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
「兄さん。気のすむように、どうにでもして下さい。わたし本望ほんもうなのよ。兄さんに殺されりゃアほんとうに嬉しいのよ。どうせ、生きていたって仕様のない身なんだから。」
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうすれば、どんなにかうれしかろう、本望ほんもうじゃ、と思われたそうな。迷いと申すはおそろしい、なさけないものでござる。世間大概たいがいの馬鹿も、これほどなことはないでございます。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしおにかかってればいつにかわらぬおわかさ……わしはこれで本望ほんもうでござりまする……。
お前の強情ごうじょうなのにはわしもあきれた。これが世界で一番高い山だ。もう世界中でこれより高いところはない。ここまでくればお前も本望ほんもうだろう。これからまた下へおりて行くがいい。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
かずなかにはにうけて此樣こん厄種やくざ女房にようぼにとふてくださるかたもある、たれたらうれしいか、うたら本望ほんもうか、れがわたしわかりませぬ、そも/\の最初はじめからわたし貴君あなたきできで
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こうヤキが廻ったからには、しょせん悪あがきをしてもそれは無駄。千仞の功を一簣いっきに欠いたが、明石あかしの浜の漁師の子が、五十万両の万和の養子の座にすわるとありゃアまずまず本望ほんもう
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「なあに、わしのことは、心配いらぬよ。こんな身体でお役に立てば死んでも本望ほんもうだ。ただ三吉を連れて行くのは、可哀想でもあるけれど、あれは案外平気で、行って呉れるだろうと思う」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
同行五 長い間の願いがかない、このような本望ほんもうなことはございません。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
天下の首唱には相成り申すべく、私義本望ほんもうこれに過ぎず候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「おお、あのなかへ松明たいまつを、ほうりこんできたんだ。ああいい気味きみ、その火を見ながら死ぬのは竹童ちくどう本望ほんもうだ、おいらは本望だ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
村「旦那、貴方は本当に私の様なものをそう云って下されば、私は友之助に棄てられても本望ほんもうでございますが、其の時は貴方私のような者でも置いて下さいますか」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その目印にこの紙を頭に附けたんだから、この紙をお前さんに取ってもらえば本望ほんもうというものだよ
しかしわざわざ尋ねて来ながら、も通ぜずに帰るのは、もちろん本望ほんもうではありません。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
八重やへさぞうちつけなとあきれもせんが一生いつしやうねがひぞよ此心このこゝろつたへてはたまはるまじやうれしき御返事おへんじきたしとは努々ゆめ/\おもはねどゆゑみじかきいのちぞともられててなば本望ほんもうぞかしとうちしほるれば
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こんなものでもいくらかみなさまのがかりになればなにより本望ほんもうでございます。
此が、哥太寛こたいかんと云ふ、此家ここ主人あるじたち夫婦の秘蔵娘で、今年十八に成る、哥鬱賢こうつけんと云うてね、島第一の美しい人のものに成つたの。和蘭陀の公子は本望ほんもうでせう……実は其が望みだつたらしいから——
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「目的じゃありません。しかし本望ほんもうかも知れません」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それでもう、女はほんとうに私のものになり切って了ったのです。ちっとも心配はいらないのです。キッスのしたい時にキッスが出来ます。抱き締めたい時には抱きしめることも出来ます。私はもう、これで本望ほんもうですよ」
白昼夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
野武士のぶしずれの呂宋兵衛るそんべえをあいてに討死するより、ただ一太刀でも、甲斐源氏かいげんじ怨敵おんてき徳川家とくがわけの旗じるしのなかにきりいって死ぬこそ本望ほんもう、うれしゅうなくてなんとするぞ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
和尚の言葉は、敵討そのものをあざけるのではなくて、寧ろいつまでもこうして、本望ほんもうを達することのできない自分の腑甲斐ふがいなさを嘲るために、こう言ったものだろうと思われるのです。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かねて良石和尚も云われたが、退くに利あらず進むに利あり、仮令たとえ火の中水の中でも突切つッきっかなければ本望ほんもうを遂げる事は出来ない、おくしてあとさがる時は討たれると云うのは此の時なり
「引き上げの朝、彼奴きゃつった時には、唾を吐きかけても飽き足らぬと思いました。何しろのめのめと我々の前へつらをさらした上に、御本望ほんもうを遂げられ、大慶の至りなどと云うのですからな。」
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あわせぢやけれどの、れた上衣うわぎよりはましでござろわいの、ぬしも分つてある、あでやかな娘のぢやで、お前様にちょういわ、其主そのぬしもまたの、お前様のやうな、わか綺麗きれいな人と寝たら本望ほんもうぢやろ、はゝはゝはゝ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
是まで真実に親子の様に私に目を掛けておくんなすったしゅうとに対して実に済まない、お母さん、其のかわり屹度きっと、旦那様のあだを今年のうちに捜し出して、本望ほんもうげた上でお詫びいたします
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
甚太夫は本望ほんもうげたのちの、くちまで思い定めていた。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
画工 よし、此の世間よのなかを、つて踊りや本望ほんもうだ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「これで塙団右衛門も定めし本望ほんもうでございましょう。」
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)