てい)” の例文
たばこ屋にくぼのある娘をおくように、小間物屋にこのていの男を坐らせておく商法の機微きびは、今も昔も変りないものとみえました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その音があまりにやかましいので、まるで木自身が掛合噺かけあいばなしをやっているかのようであったが、三人の人物はじっと無言のていであった。
「いや、それはいずれまた聴くとして」とあわてて検事は、似非えせ史家法水の長広舌ちょうこうぜつを遮ったが、依然半信半疑のていで相手をみつめている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それこそ誠意おもてにあらわれるていび方をしたに違いないが、しかし、それにしても、之等の美談は、私のモラルと反撥する。
親友交歓 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何時でもていのいい追い出しを受けていた。が、反対に少しおとなしくしてくれれば、「管理人」にしてやるがという交渉もあった。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それはある砲兵隊長のところでの話だ。だがその時おれはそばへも寄らなかったよ。お近づきになるなんてまっぴらだといったていでさ。
茶屋小料理めかしたり、土産物を売るていこしらえているが、食事をしに入ったり土産物を買いに寄ったりするとひどいめにあう。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ファッショの妻君は、室内に入ると、清家博士の姿が見えないので、愕きかつ憤慨のていである。——しかし室内には、蠅一匹見えやしない。
空気男 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
そして私のもののいい方は、人のいうことには耳も借さぬというような突っ放したていで、太いような細いようなカンの違ったウラ声だった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
もはや諦めてすで覚悟かくごていであった昭青年が、この眼に出会って思わず心にき出た力がありました。それは自分だけの所罰しょばつなら何でもない。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうして、そのおもちゃになりつつ、表面は至極心服のていに見せているものが、現にこの邸の中に一人や二人はあるらしい。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
流れだとして殆んど全く触れないで過ぎるていの非情を、人目にも立たず浚渫してゐるといつた風の心得であらうと思ふ。
詩集 浚渫船 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
きき返した主人の驚きを無視して、侍が暗黒を透かして女の顔に瞳を凝らしているぐあい、感に打たれたといったていだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私はこの意外な林の姿を見ると、もう何を考える力もなく、なかば放心のていで、ボンヤリ橘の動作を見まもっていた。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「たいしたことじゃないんです」と、Kは言ったが、それによって前の、それだけでもすでにていをなしていない言い訳をいよいよまずいものにした。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
もう一ぺんそれをひろい上げようか、新しいのをもってこようか、それとも立ち去ろうか、意を決しかねたていである。
もすると法権を侵すていの行動をし英気を他に洩らすすべなき脾肉の嘆をかこっていたのを認め、この十字軍の挙によってその英気を宗教戦に洩らさせ
ローマ法王と外交 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いつの間にか、日は暮れて、洋燈ランプに火が入れられていた。人々は疲れあぐんだていで煙草だけを、やけにあげていた。
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
栄華の空より墜落して、火宅の苦患くげんめつつある綾子を犯す乞食お丹、自堕落のてい引替えて悪魔の風采ふうさい凜々りんりんたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仕事の魅力とか仕事への情熱とかいうたのしいていのものではない。修史という使命の自覚には違いないとしてもさらに昂然こうぜんとして自らをする自覚ではない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
もだこがれるばかりに身を押揉み、なにやらん不思議なことをせられていられるてい、まことに由々しく見えた。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
列席れつせき各員かくいん著者ちよしや簡單かんたん演述えんじゆつした大地震だいぢしん前徴ぜんちようにつきさら詳細しようさい説明せつめいもとめられ、すこぶ滿足まんぞくてい見受みうけた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
地をう煙の飛ばんとして飛び得ざるごとく、わがたましいの、わがからを離れんとして離るるに忍びざるていである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「御機嫌のていを拝しまして恐悦至極」と一同挨拶あいさつを述べたけれども、まともに主人の顔を正視した者は一人もなく、皆「はっ」と云ってお時儀してしまった。
這々ほうほうていで逃げ出すと、その夜のうちに決心して東京を志し、辛苦の末に百万長者になったと云う話だった。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
なお広く郷地の人々を招待したいのであったが、何しろ貧乏な私は、金がないのでその志が遂げられず、御馳走の喰いっぱなしで這々ほうほうていで引上げてしまった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
「ああそうだったのか、随分大きくなったものだね」と言われて這々ほうほうていで逃げ出したが、あの頃は随分生意気な小僧だったことだろうと思いみていささ辟易へきえきした。
お角は半狂乱のていでした。えりすそも乱れたまま、熟柿臭じゅくしくさい顔を、わが子の濡れた頬に持って行くのです。
その頃になりますと、この半年ほどやぐらを築いたりほりを掘ったりしてにらみ合いのていでおりました東西両陣は、京のぐるりでそろそろ動き出す気配を見せはじめます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
が破れんばかりに戸をたたいて、玄関に腰を降ろしているシャアの前に再度書記官が姿を現した時には怒気満々のていで「この狂人ユークレイジイ!」といきなり呶鳴どなり付けてきた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
わたしは、乳母がこのていたらくを見て考えそうなことを、心に浮べました。すると、いいようもない自己憐愍の心が襲って来て、涙を抑えることが出来ませんでした。
身体中に神経がピンときびしく張ったでもあるように思われて、円味まるみのあるキンキン声はその音ででも有るかと聞えた。しかしまたたちまちグッタリ沈んだていかえって
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし田川博士は自分の妻のおとなげないのをあわれむ物わかりのいい紳士という態度を見せて、ていよく事務長にことわりをいって、夫人と一緒にそこを立ち去った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのていは何か哀れで為方しかたがなかったものである。また徳川時代に一時禁煙令の出たことがあった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そこで、若い事務員は、ほうほうのていたらくで、大学へ逃げ帰ったんだが、一本気の牧野先生は、もう腹の虫がおさまらないで、サッサと辞表を提出してしまったんだ。
ブラドンはおおいに安心のていでアリスを伴ってコッカア街の下宿へ帰ったのだったが、この、花嫁を愛するあまりその健康に細心の注意を払う良人おっととしての、一見平凡な
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
あるいは他の動者に反対して静を守るの極端は、おのれ自から静の境界をこえて、反動のていに移るなきを期すべからず。ひっきょう、学問と政治と相密着するの余弊ならん。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
空地に似た疎雑な、庭よりそれ等を見たるてい。庭にある一株の桜は花がすこし綻びかけている。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
温度は手がこごえるまで下らなかったので、金剛杖や糸立を強くつかんで、大宮口の五合目へ、ほうほうのていでたどりつき、たき火でぬれた上衣を、かわかすのに暇取った。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ていよき言葉を用いて隠蔽いんぺいし、あん自慢じまんするごとくに聞こゆるでもあろうが、正直に自白すれば、近来になって僕もゲーテを尊崇そんすうするの念が、十年前にくらべて増してきた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ややもすると突っかゝって来る。ういう調子だから、ていく見限られたのだろうと思ったけれど、それを言えばおこるばかりだから、僕はなだすかしながら、一じゅうを聴き取った。
首切り問答 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ただし極めて微弱なり。船長は機嫌を直して、朝食の前に私にむかって昨日の失礼をびた。——しかし彼は今なお少しく放心のていである。その眼にはかの粗暴の色が残っている。
「それやにせ大納言が通る、太いやつだ。こらしてやれ。」と、叫んで、おぢいさんに石を投げたり、打つてかゝつてきましたので、おぢいさんは、はう/\のていげだしました。
拾うた冠 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
すきを見て巡航船へ避難し、ほうぼうのていでヴォクセニスカをあとにサイマ湖へ出た。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
『独異志』に劉牧南山野中に果蔬かそを植えると人多く樹をそのむ、にわかに二虎来り近づき居り牧を見て尾をゆるがす、我を護るつもりかと問うと首をせてさようと言うていだった
ほのぼのとにおうがごとき瞑想の面影おもかげはどこにもみられぬ。峻厳しゅんげんな論理を追求して身も世もあらぬ苦しみのていだ。しかし飛鳥の思惟像には、思惟することによる受難の表情は微塵もない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
それから、さあらぬていで、しかしなほ注意深い、意味ありげな容子でつけ加へた。
曲者が蓉子の上にのりかかって同人を絞め殺すと同時に大川氏が救いにかけつけこのていを見るより一発を賊の右側から撃ち、ひるむところを更に一発その頭部に命中せしめたのであった。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
おまけに、あなた達はパンツ一枚なのですから、太股ふとももの紅潮した筋肉が張りきって、プリプリ律動するのがみえ、ぼくはすっかり駄目だめになり、ほうほうのていで、退却たいきゃくしたことがあります。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
二十隻以上の船が沈み、この第二無敵艦隊の生き残りは、ほうほうのていでスペインに帰った。だが三位一体トリニチイがお身かたしてくださっている限り、フィリップよ、なにを絶望することがあろう。