しお)” の例文
ふたりは輝元の前を辞して各〻の陣所へ帰ったが、途々みちみちも元春がしおれているていなので、隆景は弟として、すまない気がしてならなかった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と云う……人を見た声も様子も、通りがかりに、その何となくしおれたのを見て、下に水ある橋の夜更よふけ、とおやじが案じたほどのものではない。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
慰さめ顔に染々しみじみと話しかけたりする時のやさしい、しおれた母親を見ると逸子は、谷がさうしてゐる為めに、母親としては、自分にも、また他人へも
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
多助どんとやらの意見で泥坊もたまげ、しおれ果てゝけえったはえれえ奉公人だねえ、わしたまげやした、年いまだわけいがねえ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それを岸本が節子に言って聞かせると、彼女はただ首をれて、しおれた様子を見せていた。でも彼女が割合に冷静であることは岸本の心をやや安んじさせた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
然し打ちしおれてもゐられないから気をとり直して酒を呑むと忽ち満身に力が沸いてきた。早速家へ帰ると始終の仔細をしたためた公明正大な文書を書き上げたのだ。
西東 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
どうせ灸をすえてもらっても不具かたわ、このまま捨て置いても不具、同じ不具になるなら熱い思いをさせたり苦しい思いをさせぬ方がよいと言うてしおれ返って居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ベルナアルさんは、岩蔭に落ちていた祈祷書を拾いあげると、しお々と院長のほうへ近づいて来た。
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
物も言い得ないで、しょんぼりとしおれていた不憫ふびんな民さんのおもかげ、どうして忘れることが出来よう。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「イヤ、Yは小さくなってしおれ返っていた。アレは誘惑されたんだ、オモチャにされたんだ。」
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
この気丈な娘にしてこの悲しみ、米友もなんとなしに情けない心に打たれてしおれました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
レザールはその眼をグルグルと廻し、彼独特の悪戯児いたずらっこのような、無邪気だけれど意地の悪い、微妙な笑いを洩らしたものの、夫人のしおれた様子を見るとすぐその笑いを引っ込ませた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「どうしたもんでしょうかねえ、先生さまあ」と今度は女がきゅうに悲しそうにしおれてみせ、無精ひげに包まれた杉本をねっとり睨むのであった。杉本はぶるぶる身体がふるえてきた。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかし一言も歯向かわずしおらしく出てゆくのをみると、いじらしくなって来た。まだ顔覚えな仲間にすぎない、まめな若者だったのに、こっぴどすぎたかなあ、と何か身につまされて気にかかった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
佃はすっかりしおれ、伸子の云うなりになって床についた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そんなしおらしい顔をしていて、実は人殺しの天才なのだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ピストルのご厄介らしくうちしおれてしまうものもある。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と、長崎屋はきつくいって、またしおれて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そしてまた、昨夜の押しかけ聟——すなわち頭目の弟分の周通は、しおれ返って、そのそばで首うなだれている始末ではないか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれがいう処のしらじらしさ、虚言うそは見透きてあきらかなれど、あらずというべき証拠なければ、照子は返さん言葉も無く、しおれてこうべれたまいぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを聞くと、岸本はしおれためいの側にも居られなかった。彼は節子を言いなだめて置いて、彼女の側を離れたが、胸の震えは如何いかんともすることが出来なかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と小平はしおれ果てゝ、衣類から脇差まで残らず置き、こそ/\と裏口から出てきました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「まるきり踪跡ゆくえが解らんのかい?」と重ねて訊くと、それ以来毎日役所から帰ると処々方々を捜しに歩くが皆目かいもく解らない、「多分最う殺されてしまったろう」としおれ返っていた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
兵馬はもろくも打たれたままで、しおれ返っていると、立ちはだかった慢心和尚が
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ああいふお上品な悧口な人が好き? なら仕方がないけど、でも、あんた、あたし嫌ひ? あたしを可愛がつて下さる? あたしだけ可愛がつて、ね……」さうしてしおらしく首をあげたが
小さな部屋 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「それは残念でございますなあ」見る見る甚内は打ちしおれた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アコ長は、柄になくしおっとして
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
……手にもむすばず、茶碗にもおくれて、浸して吸ったかと思うばかり、白地の手拭の端を、つぼむようにちょっとくわえてしおれた。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うちしおれた姫を励ましたり、その気づかいというものは並たいていな侍女こしもとのよくすることではなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小母さんはしおれて、「もう私共はそんなに長いことここの家の御世話に成っていません」
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
柱にもたれて、うつらうつらとしている竜之助の面色かおいろを見ると、痛々しいほどにしおれている。いつも悄れているような人で、それで弱い人でもないのだが、今宵は一層悄れているように見える。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ああいうお上品な悧口な人が好き? なら仕方がないけど、でも、あんた、あたし嫌い? あたしを可愛がって下さる? あたしだけ可愛がって、ね……。」そうしてしおらしく首をあげたが
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
さてその夜は、取って返して、両手に雑巾を持って、待合の女房があらわれたのに、染次はしおれながら、うすものの袖を開いて見せて
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だが、妻も召使も彼の前に打ちしおれ、泣いて詫びるのみである。火事騒ぎとかのいきさつ、前後の模様、事細かに訊き取ってはみたもののつかみ得るところは何もない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに裏切られた寂寥に打ちしおれたりする。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
お若は莞爾にっこりして何にも言わず、突然いきなり手をつかえて、ばッたりしおれ伏すがごとく坐ったが、透通るような耳許みみもとさっくれない
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
於虎は、彼の威嚇いかくにすこし恐れをなしたらしく、しおれ返っていて行ったが、指の先にまろめていた鼻くそを、於市の襟元えりもとへポンとはじいて、くすりと口をおさえて笑っていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「威張らなくッたって、何も、威張らなくッたって構わないから、父爺ちゃんが魚を食ってくれるといけれど、」と何と思ったか与吉はうつむいてしおれたのである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宋江そうこうから一かつ叱言こごとをあびると、もう酔いもさめはてていた李逵は、さすがにしおれ返って平あやまりにあやまりぬいた。また百日の禁足でも食ってはと、いつもの彼の元気もない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きて差覗さしのぞけば、しおれてに立ちて、こうべをさげ、肩を垂れ、襟深くおとがいうずめて力なげに彳みたまう。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「その命松だよ。おじさん。……みんなもう首が失くなっちまった人間みたいに、さっきからしおれてるけれど、どうだろう、おらがこれから知ってるお方の門へ行って、命乞いを頼んでみたら?」
留南奇とめきかおり馥郁ふくいくとして、ふりこぼるる縮緬ちりめんも、緋桃ひももの燃ゆる春ならず、夕焼ながら芙蓉ふよう花片はなびら、水に冷く映るかと、寂しらしく、独りしおれてたたずんだ、一にん麗人たおやめあり。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見得みえもなくそれを握って、お蝶は小間物屋へ駆けこみましたが、暫くしてそこを出て来た彼女の顔は、また前にも増してしおれ返って、出るとすぐに、発止はっしとそこの切石へ珠をつけて砕いてしまう。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
壮佼わかものは打ちしおるるまでに哀れを催し、「そうして爺さん稼人かせぎてはおめえばかりか、孫子はねえのかい」
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
善兵衛は慰め顔に、しおれている彼女のすがたへを向け
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つま蹴出けださず、ひっそりと、白い襟を俯向うつむいて、足の運びも進まないように何んとなくしおれて行く。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「親分、だめでした」蜘蛛太はしおれたが
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わざと打解けて、底気味の悪い紳士の胸中を試みようとしたお雪は、取附とりつく島もなくしおれて黙った。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
部屋で一番元気者の三公がしおれていた。
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
梓は思わずおもてを背けた、火鉢の火は消えかかって籠洋燈かごランプの光も暗い、と見るとせたすすきと、しおれた女郎花おみなえしと、桔梗ききょうとが咲乱れて、黒雲空に、月は傾いて照らさんとも見えず
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)