引退ひきさが)” の例文
用ありげな小姓の一人が、何気なく、ひょいと幕を上げてはいりかけたが、小姓でさえ、顔を赤くして、あわてて引退ひきさがってしまった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
フェアファックス夫人は編物をたたみ私は紙挾かみはさみを取上げた。私たちは彼にお辭儀をすると、冷淡れいたん會釋ゑしやくを返され、そのまゝ引退ひきさがつた。
圏点も無用、註釈ちゅうしゃくも無用、ただひたすらに心を耳にして、さて黙って引退ひきさがればよい。事情既にかくの如し、今さら何の繰言ぞやである。
翻訳遅疑の説 (新字新仮名) / 神西清(著)
料理屋じゃ、のっけから対手あいてにならず、待合申すまでも無い、辞退。席貸をと思いましたが、やっぱり夜一夜よっぴてじゃ引退ひきさがるんです。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と他の小娘達に手を引かれて、神経質らしいその女の児も彼の前までやって来たが、急に朋輩ほうばいの手を振りほどいて一歩引退ひきさがった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
覚束おぼつかない廻れ右をして引退ひきさがろうとすると、その時に立会っていた総監が、自分の手で渡すべく準備していた金一封を取上げて
老巡査 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この際、五十銭か六十銭ならば知らず、二円五十銭の書物を買って下さいなどといい出しても、お小言こごとを頂戴して空しく引退ひきさがるに決っている。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「いや、山内殿の智弁には、今更ながら、つくづく恐れ入った。流石さすがの大岡越前守も、一言いちごんもなく、尻っ尾をいて引退ひきさがって行ったがいや、感服感服」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
チッバ 無理往生むりわうじゃう堪忍かんにん持前もちまへ癇癪かんしゃくとの出逢であひがしらで、挨拶あいさつそりあはぬゆゑ、肉體中からだぢゅう顫動ふるへるわい。引退ひきさがらう。
三度が三度同じ返答で、紹巴は「ウヘー」と引退ひきさがった。なるほどこの公の歩くさきには旋風つじかぜが立っているばかりではなく、言葉の前にも旋風が立っていた。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
『そ、そんなにつよいのですか。』と彌次馬やじうま士官しくわん水兵すいへいわれも/\とやつてたが、成程なるほど武村たけむらすね馬鹿ばかかたい、みな一撃いちげきもと押倒おしたをされて、いたい/\と引退ひきさがる。
「家内は身体が弱いからな……」と浅田は軽く応えたものの、男が引退ひきさがって了った後も、鞄をもって新宿駅にいたという妻の事を、穏かならぬ気持で考えていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
食事がすむと、私達は茶の間へ引退ひきさがつて、お茶を呑みながら、閑散な話を交へた。私は姉の法事につて招かれてゐたので、さうするとあひだ二日をこゝに過さなければならなかつた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
と踊りの御所望ごしょもうがございましたから、女中達は俄に浮き立ちまして、それ/″\の支度をいたし、さア島路さん、早くとき立てられて、島路は迷惑ながら一旦其の席を引退ひきさがりまして
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
が、千登世にしてみれば、妹に説教されて、おとなしく引退ひきさがるだらうか?
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
杉山 後で引退ひきさがつてくれつちつたつて俺は知らんよ。いいな。
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
浅二郎はそう答えて引退ひきさがるより仕方がなかった。
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
受附係は委細かしこまって引退ひきさがって行った。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
蜂須賀巡査は、手もなく引退ひきさがった。
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
何卒どうぞ、私の書いたものをよく読んで見て下さい。」左様さう言つて置いて奥さんの前を引退ひきさがつた。あの心地こゝろもちは今だに続いて居る。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
こうなると、組頭もその上には何とも詮議の仕様もないので、少しくあとの方に引退ひきさがっている三上と大原とを呼び近づけた。
鐘ヶ淵 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
朝食の後、アデェルと私とは、書齋へ引退ひきさがつた。それは、ロチェスターさんが教室として使ふようにと命じた室らしかつた。
「私も同じことを言いたいな。女が肯かないほどのものを、男が掛合われて引退ひきさがる奴がありそうな事だと思うのかい。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何も争いを仕に来たので無いのは知れきったことだが、負けたようになって引退ひきさがることはいやだった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と云って大笑されましたので、流石さすが老練の塚江事務官もけむまかれたまま引退ひきさがったものだそうです
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
島路は一礼をして元の席へ引退ひきさがろうと致しますのを
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私は自分の部屋にかへるやうにと云はれるのを待たず、誰にも氣附かれずに出て來たやうに、またそつと引退ひきさがつた。
官吏始めて心着き、南無三なむさん失策しくじったりと思えども、慈善のための売買なれば、剰銭を返せとい難く、「こりゃていのいい強奪ぶったくりだ。」と泣寝入に引退ひきさがりぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何様どうぞ宜く御考えなされまして、という位を定基に言って引退ひきさがるよりほか無くなった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
捨吉は御辞儀をして玄関の方へ引退ひきさがったが、夏期学校で受けて来た刺戟は忘れられなかった。何という楽しい日を送って来たろう。捨吉は玄関の次にある茶の間へも行ってそう思って見た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
𤢖は一匹でなかったが、は入口に立って格闘の模様を窺っていたらしい。で、今や真先まっさきの一匹がかかる始末となったので、少しくおくれが出たのかも知れぬ。いずれも奥へ引退ひきさがって、再び石を投げ初めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
瞳の動かぬ気高い顔して、恍惚うっとりと見詰めながら、よろよろと引退ひきさがる、と黒髪うつる藤紫、肩もかいな嬌娜なよやかながら、袖に構えた扇の利剣、霜夜に声も凜々りんりん
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
純粋じゅんすい感謝かんしゃの念のこもったおじぎを一つボクリとして引退ひきさがってしまった。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
はしさきあなをあけて、はよくとほつたでござらうかと、遠目金とほめがねのぞくやうなかたちをしたのでは大概たいがい岡惚をかぼれ引退ひきさがる。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
えらいお邪魔にござります。)と、かがんで私に挨拶して、一人で合点して弁当を持ったまま、ずいと引退ひきさがった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
え、千ちゃん、出来たのならそのつもりさ。おたのしみ! てなことで引退ひきさがろうじゃあないか。不思議でたまらないから聞くんだが、どうだねえ、出来たわけかね。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここは構わないで、湯にでも入ったらかろうと、湯治の客には妙にそぐわない世辞を言うと、ことばいて、ではそうさして頂きます、後生ですわ、とにべもなく引退ひきさがった。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もとの山端やまっぱな引退ひきさがり、さらば一服つかまつろう……つぎ置の茶の中には、松の落葉と朱葉もみじが一枚。……
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ドンをくらい、鳩玉はとまめ引退ひきさがるに当ってや、客たるものは商となく、工となく、武となく、文となく、たたかいけたものとわなければならない、いわんや、さッさと貰われてのッけから
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
対手あいて差配おおやさんなり、稲荷は店請の義理があるから、てッきり剣呑みと思ったそうで、家主の蕎麦屋そばやから配って来た、引越の蒸籠せいろうのようだ、唯今ただいまあけます、とほうほうの体で引退ひきさがったんで。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
切符の表に、有るべき理由の無い一字が、もし有ったら、いつも控え控え断念あきらめて引退ひきさがる、その心がきっと届くぞ!……想が叶う。打明けて言えば清葉が言う事をいてくれる。思切って打着ぶッつかろう。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
引退ひきさがりて腰元一人、三指にてはんべれり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)