のぼり)” の例文
「主人を殺した鍼は、あの部屋の壁の中に叩き込んであったよ。番頭を殺した剃刀は、多分あののぼりの竿の割れ目に入っているだろう」
其家は大正道路からある路地に入り、汚れたのぼりの立っている伏見稲荷の前を過ぎ、溝に沿うて、なお奥深く入り込んだ処に在るので
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
世界的団長自ら広告のぼりかついで、ビラを配って、浅草界隈かいわいを歩いているなんて、なんとまあインチキな、人を喰ったしわざであろう。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かなり遠方からやつて来たといふ栗毛の馬とり合つたあげく、相沢の馬は優勝をち得て、賞品ののぼりと米俵とを悠々と持つて行つた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
船田ノ入道はまっさきに登って行って一引両ののぼりを立て、また螺手らしゅに命じて貝を吹かせた。つづいては堀口、世良田、里見などの一族。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その家の軒端ののぼりが、ばたばたばたばたと、烈風にはためいている音が聞えて淋しいともびしいとも与兵衛が可愛そうでならなかった。
音に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
白っぽい街路みちの上に瓦の照返しが蒸れて、行人の影もまばらに、角のところ天屋ののぼりが夕待顔にだらりと下っているばかり——。
そうした町も今は屋根瓦の間へ挾まれてしまって、そのあたりにのぼりをたくさん立てて芝居小屋がそれと察しられるばかりである。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
往還わうくわんよりすこし引入ひきいりたるみちおくつかぬのぼりてられたるを何かと問へば、とりまちなりといふ。きて見るに稲荷いなりほこらなり。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
むしろを垂れた小屋のまえには、弱々しい冬の日が塵埃ほこりにまみれた絵看板を白っぽく照らして、色のさめたのぼりが寒い川風にふるえていた。
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
村に入って見ると、祭なるがためにかえって静かで、ただ遠く高柱たかはしらしるしののぼりが、定まった場所に白くひるがえるを望むのみである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
三大節、歌留多かるた会、豆撒き、彼岸、釈迦まつり、ひなのぼりの節句、七夕の類、クリスマス、復活祭、弥撒ミサ祭なぞと世界的である。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
坂下さかしたでは菊人形が二三日前開業したばかりである。坂をまがる時はのぼりさへ見えた。今はたゞ声丈聞える。どんちやん/\遠くからはやしてゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
霜刻に近い夜ふけの楽屋の中は、いたって火の気も乏しく、外の凍りが室内にも及んで、のぼりのはためきに、歯の音も合わぬほどの寒さだった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
氏神うじがみである白山しらやま神社の境内には、「四海泰平」「徳光遍世」などと書かれた白いのぼりが、七月の風に、パタパタと鳴っている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そののぼりの蔭から、盆の上のリキュウグラスに手を出して無料じゃ無料じゃという赤いのを一杯試し飲みして見たところで
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
おびただしく市川なにがしのぼりを立てた芝居小屋の前を通ると、小屋の窓から首を出していた一人の気障きざな男を道庵先生が見て
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三、差出すに名刺あり翻すにのぼりあり。『極楽荘』が所在するタラノの谿谷は、金山モンテ・ドロという高い山のふもとの、石ころだらけの荒涼たる山地の奥にある。
のぼりや旗がはためいており、また反対の片側には、隅田川に添って土地名物の「梅本」だの「うれし野」だのというような、水茶屋が軒を並べていた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人通りがなく、少しの風が出て、呉服屋ののぼりがはためいていた。伸子は万世橋まで素子と一緒の電車で行った。伸子は赤坂へ、素子は牛込に帰った。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その町々の名をしるした紙ののぼりを押し立て、富有な町人などの店先に来て大道にひざまずき、米価はもちろん諸品高直たかねで露命をつなぎがたいと言って
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
修羅しゆらに大つなをつけ左右に枝綱えだつないくすぢもあり、まつさきに本願寺御用木といふのぼりを二本つ、信心の老若男女童等わらべらまでもありの如くあつまりてこれをひく。
散らばったのぼり破片はへん、まだぷすぷすといぶっている木材、なにを見ても胸がせまる。生きのこった団員は、どこにいるのであろうか。その姿が見えない。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この錯雑せる俗人事を表面より直言せば固より俗にちん。裏面より如何なる文学的人事を探り得たりとも、千両のぼりついに俳句の材料とは為らざるなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
秋晴の薄日に乱れた中に、——其の釣鐘草が一茎、丈伸びて高く、すつと咲いて、たとへば月夜の村芝居に、青いのぼりを見るやうな、色もともれて咲いて居た。
玉川の草 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いづれも古い家屋かをくばかりで、此処こゝらあたりの田舎町の特色がよく出てた。町の中央に、芝居小屋があつて、青い白いのぼり幾本いくほんとなく風にヒラヒラしてた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
入営者の弟の沢ちゃんも、銀笛を吹く仲間なかまである。次ぎに送入営ののぼりが五本行く。入営者の附添人としては、岩公の兄貴の村さんが弟と並んで歩いて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「さやう、どうもあののぼりにあるRといふ字が臭いですよ」と応じたのは、鼻眼鏡めがねをかけた学者ふうの紳士で
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
上野駅に近い大きいビルディングの四階からは、「水害援助金募集」と書いた大きいのぼりが垂れ下っていた。
亡び行く国土 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
其処にはまだ見世物の景色らしい特別な雑沓は見られなくて、ただ薄汚い数本ののぼりだけが立ち並んでゐた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
五月の節句に、のぼりを建てるのに、巨大な、天にも届かんばかりな材木が用ひられた。一つの赤ん坊が生れたために、そんなに大袈裟に祝福すべきものであらうか。
幼少の思ひ出 (新字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
そして、みよしには、旗を立てたり古風なのぼりを立てたりしている。中にいる人間は、皆酔っているらしい。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見えるのは軒なみにはためいている「中元大売り出し」というのぼりくらいなものだ。それと、チョコチョコとさも用事ありげに歩きまわっている多すぎるほどの人間。
ジャンの新盆 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
筋向うの芝居の前には、赤いのぼりが出て、それに大入の人数が記されてあつた。其処らには人々が真ツ黒に集まつて、花電燈の光を浴びつゝ、絵看板なぞを見てゐた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
黄色いのぼりを立て並べたやうにポプラの木がスク/\と立つてゐます。陽がキンキラと照つてゐます。
文化村を襲つた子ども (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
罪状および刑罰の宣告を記した捨札すてふだを立て、罪人を引廻ひきまわす時にも、罪状と刑罰とを記したのぼりを馬の前に立てて市中を引廻したものであるから、法規はこれを秘密にし
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
屋外そとは、もう、いつか初冬らしい、木枯じみた、黒く冷たい風が吹きとおしている。立ちつづく、芝居小屋前ののぼりが、ハタハタと、吹かれて鳴るのも、寒む寒むしい。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
神輿の御座船は一きわ美しい屋形船で、旗のぼりや、玉くしなどの立ち並ぶ下に、礼装した神官たちがいずまい正し、伶人が楽を奏でるなかに、私の鈴子は美しい巫女の装いして
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
頭の上から垂れ下った招牌やのぼりが、日光をさえぎり、その下の家々の店頭には、りを打った象牙が林のように並んでいた。参木はこの異国人の混らぬ街を歩くのが好きであった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
馬に跨り天鵞絨びろうどのぼりを建て、喇叭らつぱを吹きて、祭の前觸まへぶれする男も、ことしは我がためにかく晴々しくいでたちしかと疑はる。ことしまでは我この祭のまことの樂しさを知らざりき。
また従来最寄りの神社参詣を宛て込み、果物、駄菓子、すし、茶を売り、鰥寡かんか貧弱の生活を助け、祭祀に行商して自他に利益し、また旗、のぼり、幕、衣裳を染めて租税を払いし者多し。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
老人も至極道理もっとものことゝ、ある住職にたのみ、岩次を仏門に帰依いたさせますると、それから因果塚建立という文字もんじを染ぬきました浅黄あさぎのぼりを杖にいたし、二年余も勧化かんげにあるき
お茶屋のボンボリのほの白い光の中から、芝居小屋にかかげられたのぼりの列を俯瞰ふかんする。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
のぼりを立てたり大鼓たいこを叩いたり御神酒おみきを上げてワイ/\して居るから、私は可笑おかしい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
文句はよくわからなかったが、千両のぼりの櫓太鼓の曲弾を子供ながら面白く感じた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
昔は小芝居などもあったらしく、芝公園の山の上から、のぼりなども見えたらしい。
芝、麻布 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
太鼓をかついだり、のぼりをさしたり、一張羅の着物を着てマチへ出る村の人々は、何等か興味をそゝって話の種になったものだが、東京の街で見るものは彼等にとって全く縁遠いものだった。
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
町へ入って少し行くと、汚い、薄い板で囲って、板屋根をいただけの小屋があった。表に、のぼりが一本立っていて、扇風舎桃林の名が、紅を滲ませていた。南玉が、入口から、真暗な中へ
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
新緑の間に鯉のぼりのはためく、日の光に矢車のきらめく、何と心よいものではないか。のきの菖蒲こそ今は見えぬが、菖蒲湯のすが/\しい香り、これも一寸古俗に心ゆかしさを感じさせられる。
菖蒲湯 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ある日もアンポンタンはおまっちゃんと四ツ角で、その大人の、目覚めざましい狂奔きょうほんを見物していた。すると、帝釈様たいしゃくさまの剣に錦地にしきじ南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょうのぼりをたてた出車だしの上から声をかけたものがある。