もっぱら)” の例文
旧字:
しこうしてこの三社の詩風もまた大抵相同じであった。徂徠の古文辞派が唐詩を模範となしたのに反し、寛政以降化政の詩人はもっぱら宋詩をとうとんだ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とばかりで、三和土に立った警官は、お孝が降りて来た階子段をななめにらんで、ひげひねる事もっぱらなり。で、少時しばらく家中が寂然ひっそりする。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしは脩の句稿を左に鈔出しょうしゅつする。類句を避けて精選するが如きは、その道にもっぱらならざるわたくしのくする所ではない。読者の指擿してきを得ばさいわいであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
京都に来てから読書と思索とにもっぱらなることを得て、余もいくらか余の思想を洗練し豊富にすることを得た。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
兼て不快の底意これあり候とも、働の節互に助け合い急を見継ぎ、勝利のまったきところをもっぱらに相働べきこと。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
かつ当時流行の有志者が藩政をもっぱらにすることなくして、その内実は禄を重んずるの種族が禄制を適宜てきぎにしたるがゆえに、諸藩に普通なる家禄平均のわざわいまぬがれたるなり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
母の方はそうであったけれど、兄や嫂やお増などは、盛に蔭言をいうて笑っていたらしく、村中の評判には、二つも年の多いのを嫁にする気かしらんなどともっぱらいうているとの話。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
(略)其角きかくを尋ね嵐雪らんせつを訪ひ素堂そどういざな鬼貫おにつらに伴ふ、日々この四老に会してわづかに市城名利の域を離れ林園に遊び山水にうたげし酒をくみて談笑し句を得ることはもっぱら不用意を貴ぶ
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かつて御史ぎょしありてせいの自らもっぱらにすることをがいしけるに、帝かずして曰く、人に任ずるせんならざれば功を成すあたわず、いわんや大将は一辺を統制す、いずくんぞく文法にかかわらんと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
依田学海福地桜痴の諸家市川団十郎いちかわだんじゅうろうと相結びていはゆる活歴史劇かつれきしげきおこすや、道具衣裳いしょうの歴史的考証をもっぱらとし舞台上の絵画的効果を閑却せしより
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その約にそむかざらんことをおそるる者と、恩中に恩を顧みざる者とは、おのおのその務むべきところを務むるにもっぱらなりき。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下谷したやいけはた湯嶋天神境内ゆしまてんじんけいだい、また京橋築地あたりの小待合の中には、いづこより連れて来るか知らねど素人をもっぱらとする家各四、五軒づつはありけり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
勿論もちろん俳味をもっぱらとする処から大きな屏風びょうぶや大名道具にはふだを入れなかったが金燈籠きんどうろう膳椀ぜんわん火桶ひおけ手洗鉢ちょうずばち敷瓦しきがわら更紗さらさ
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
明治十一、二年頃なりし。神波即山君が官を罷めてもっぱら斯道しどうに従事せらるる事になり月に一、二回ずつ竜岡吟社に会を開き鷲津先生が詩経の講義あり。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
現今の劇壇はもっぱら少壮文学者の西洋近代劇の翻訳およびその試演に忙殺せられ古き芝居につきては新聞記者のいはゆる劇評以外多く論ずるものなきに至りぬ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
烟花狭斜えんかきょうしゃの風俗かくの如く新聞紙を利用して売名をのみもっぱらとなすに至つてはすいも意気もあつたものにあらず。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わたくしはもっぱらこれらの感慨を現すために『父の恩』と題する小説をかきかけたが、これさえややもすれば筆を拘束される事が多かったので、中途にして稿を絶った。
正宗谷崎両氏の批評に答う (新字新仮名) / 永井荷風(著)
六月京都の書肆しょし擁万堂が『安政三十二家絶句』三巻を刊行した。江戸に在住した詩家の吟詠は毅堂がもっぱら之を選択し、関西の詩家は伊勢松阪の儒者家里松濤が択んだ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
唖々子は英語の外に独逸語ドイツごにも通じていたが、晩年にはもっぱら漢文の書にのみ親しみ、現時文壇の新作等には見向きだもせず、常にその言文一致のろうなることをいきどおっていた。
梅雨晴 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
北斎は従来の浮世絵に南画なんがの画風と西洋画とを加味したる処多かりしが、広重はもっぱら狩野かのうの支派たる一蝶の筆致にならひたるが如し。北斎の画風は強くかたく広重はやわらかくしずかなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
○近年堅きカラーの代りにシャツと同色ともいろの軟きカラーを用ゆるものあり。これまた米国の風にして欧洲にては多く見ざる所なり。米国にても若き人もっぱらこれを用ひ老人はあまり用ひず。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ここにもっぱら花柳小説に筆をつける事を思立った。
正宗谷崎両氏の批評に答う (新字新仮名) / 永井荷風(著)