他所よそ)” の例文
飯縄山のすぐ北にならんでいる黒姫山の蒼翠は、このおそれ入った雲の群集を他所よそにして、空の色と共に目もさむるばかり鮮かであった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そういう問題を他所よそにして、国中が空転している恰好に見える。こういう激しい空転をしておれば、熱をもってくるのが当然である。
科学は役に立つか (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかしソロチンツイの陪審官は通らなかつた。それに他所よそのことなど彼には用がなかつた——彼は自郡のことに忙殺されてゐたのだ。
「その御心配なら絶対に御無用に願いたいものです。患家の秘密を無暗むやみ他所よそ饒舌しゃべるようでは医師の商売は立ち行きませんからね」
霊感! (新字新仮名) / 夢野久作(著)
際立つた出世はしないでも、愚圖ら/\してゐても、他所よその子達のやうに間違ひをし出かさないのを何よりも仕合せだと思つてゐた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
もっともあの晩は他所よそへ行って居合わさなかったがな。ウフフフ。門前町で次の日まで居続けて、その翌日帰って見るとコレコレだ。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
外へ出ると、三つ股の源吉と子分の安は、彌助の連れお吉を縛り上げて、彌助の驚きと嘆きを他所よそに、此處を引揚げるところです。
「そしてはよう戻ってにゃあかんに。晩になるときっと冷えるで。味噌屋がすんだらもう他所よそへ寄らんでまっすぐ戻っておいでやな」
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「僕は他所よそから来て町の見物をしている者です。これがなるほど民衆図書館なのですね。蔵書をひと通り拝見させて頂けましょうか」
銀座などとちがって、狭い山ノ手のカフェでは、孤独な客が他所よそのテーブルを眺めたりしながら時を費すことはそう自由ではない。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
一寸親子の愛情に譬えて見れば、自分の児は他所よその児より賢くて行儀がいと云う心持ちは、濁って垢抜けのしない心持ちである。
私は懐疑派だ (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
不図気がつくと、納屋の檐下のきしたには、小麦も大麦も刈入れたたばのまゝまだきもせずに入れてある。他所よそでは最早棒打ぼううちも済んだ家もある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
他所よその火事は大きいほど面白い」という顔つきで、紅蓮ぐれんの焔を吹きあげながら、なおも燃えひろがって行く日若座を眺めている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
わざわざ遠廻りしてまで他所よその風呂へ行くといった様に、いきおい、それはきのことではあるけれど、噂で持ちきっていたものである。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その他所よその男は宿屋の戸口のすぐ内側のところをうろついてばかりいて、鼠を待ち構えている猫のように岩角の方を窺っていた。
案外気立てのやさしそうな岡田のことゆえ、気の毒がって他所よそへ移ったのかも知れない、などとも太田には考えられるのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
それに子供が多いから女中や婆やは手一杯で頻に愚痴をこぼす。他所よその家では主人は少くとも日中は勤めに出るから主婦はその間息がつける。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「お民さんが来てから、何となく勝手が違って、ちょっと他所よそから帰って来ても、何だか自分の内のようじゃないんですよ。」
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
重明も野村もいまだ死という事がよく呑み込めなかったので家の中の騒ぎも他所よそに、二人は庭で遊んでいた。そうしたら乳母にひどく叱られた。
まあ、父さんも、どんなに幼少ちひさ子供こどもだつたでせう。東京行とうきやうゆき馬車ばしやなかには、一緒いつしよ乘合のりあはせた他所よそ小母をばさんもありました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
おれの知っているある他所よそのものが、大きな望みを持って、この江戸に足をふんごみ、いのちがけで大願を成就させようとあせっているのさ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
このあいだまで大工だいくたちが、ここで他所よそてるいえ材木ざいもくんでいたのでした。ここは、町裏まちうらはらっぱであります。
雪の降った日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
作業の途中で中止して他所よそへ移転するというような事があるものか、ないものか、これは専門の学者にでも聞いてみなければ判らない事である。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それも他所よそ行き気分でなく、ちょっとゆかたがけといったような軽い気持でね。だから何となく気楽な悠長な気がするよ。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
他所よその家へでも行つた風にちよこなんとしてゐた竹丸に向つて、「見に來ては可かんというたるのに、何んで見に來た。」
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「かの子さんはお嬢様じょうさま育ちだから一平いっぺいさんが世話をしないと他所よそへ出られないからいつでもついて行ってもらって居る。」
ことに書物をよみに他所よそまで出かけてゆくなどゝ、家持ち子持ちのする事ではないと云ふ激しい反感がしきりに起された。
乞食の名誉 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
その為め構内車夫等は私の家の前にいつぱいくるまならべて客の寄り勝手を悪くしたり、他所よそから客を乗せて来る場合は他の宿屋へ送り込んだりした。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
「なんだい、なんだい、他所よそから来やがったくせにして、お父さんみたいな顔して、威張ってやがら。……おらの、おらの、ほんとのお父さんは」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(彼らはお城下の案内に通じた、この城下の奴ばらなのだ。俺は不案内の他所よその者だ。つけられたが最後まけそうにもない。ヨーシその儀なら!)
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これによってただちに他所よそからの借物であると断言することは、注意深き老翁ろうおうのあえてなさざるところであると思う。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小学校へ行くようになって、他所よその子供の言葉を憶えて来てうっかり言うと、ういう風に言うのだと直されて了う。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
で、私は、かりにも養父であるこの中村を、まるで他所よその人のように、いつも「小父おじさん、小父さん」と呼んでいた。
それは姉の美佐子が、時折、他所よそに泊まって来るところから出発した。それに、美佐子の生活は、伸子の眼から見れば相当に贅沢ぜいたくなものであったから。
秘密の風景画 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
双鶴館そうかくかん女将おかみはその女と懇意の間だったが、女に子供が幾人かできて少し手ぜま過ぎるので他所よそに移転しようかといっていたのを聞き知っていたので
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
法然が流された後というもの、月輪殿が朝夕の歎き他所よその見る目も傷わしく、食事も進まず、病気もあぶないことになった。藤中納言光親卿を呼んで
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ロミオ とうにてゝしまうたぢゃ。わしこゝにはゐぬ、これはロミオではい、ロミオは何處どこ他所よそにゐよう。
他所よそゆきの顏つきをして、此の人々が二階へ通ると、三田は一足先に來てゐて、おりかと話しながら待つて居た。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
ちかごろ或る日、十何年も他所よそにあづけ放してあるトランクをあけて見ると昔のエハガキブックや本や手帳にまぢって、二十歳前後の写真を二束見つけた。
喧嘩咄 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
其若い妻が泣きの涙でいるということを知っては、其儘そのまま他所よその事だと澄ましかえっては居にくいことである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
庭の向こうの原っぱで、おねえちゃん! と、半分泣きかけて呼ぶ他所よその子供の声に、はっと胸を突かれた。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は他所よそのお母さんやお父さんが、三人も五人もの子供を引きつれて平気で街を歩いてらっしゃるのをみると、それだけでへえっと舌を巻いてしまうんです。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
「衣川さんが他所よそからお帰りになって、それが分ったので、吃驚びっくりして警察へ訴えたんだそうでございます」
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そこで形に引っ掛かり、こうでなければならぬということになると、その心持は、すでに他所よそ行きの作意ある心持となって、人に見せるための字になっている。
画家ゑかきといふものは、うかすると他所よその葡萄を欲しがつたり、相弟子あひでしの女画家に惚れたりするものなのだ。
よこりにふりかかるあめのしぶきも、いま他所よそ出来事できごとでもあるように、まったく意中いちゅうにないらしかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
最初さいしょこいやぶれたわたくしには、もともと他所よそえんづく気持きもちなどはすこしもなかったのでございましたが、ただいた両親りょうしん苦労くろうをかけてはまないとおもったばかりに
兄弟は別として、苟くも他所よその男とは口をくのさへ憚るやうな気持が何処かにあつて、そのために、つい最近まで結婚の話など身ぶるいするほどいやであつた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
私たちはかみしもをつけて、太夫らしく他所よそ行きになって、泣いたり、大声を立てたりして見せる父に対し、一様にきまり悪さと楽しさとの混じった感情を抱いていた。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それから魔法の袋だって! それはまたんな仕掛になってるものやら? いや、いや、他所よそのお人! あたし達はそんな不思議な物のことは一向知りませんよ。