“耒耜(らいし)” の例文
忍従の信徒達もこれを見ては起たざるを得なかったのであろう。座に在った四十五人は等しく耒耜(らいし)を採って、兵右衛門を打ち殺して仕舞った。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
農事の軽からざる例は礼記(らいき)に、正月、天子自ら耒耜(らいし)を載せ給ひて諸侯を従へ、籍田(せきでん)に至つて、帝耕(たがや)し給ふこと三たび、三公は五たび、諸侯は九たびす、終つて宮中に帰り酒を賜ふ、とあり
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
戸山の原は東京の近郊に珍らしい広開(こうかい)した地(ち)である。目白(めじろ)の奥から巣鴨(すがも)滝(たき)の川(がわ)へかけての平野は、さらに広い武蔵野(むさしの)の趣を残したものであろう。しかしその平野は凡(すべ)て耒耜(らいし)が加えられている。